医学界新聞

連載

2011.05.16

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第13回】
大規模災害時に役に立つ心電図の知識

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 前回に引き続き「ST上昇」の稿を重ねる予定でしたが,東日本大震災の発生を受け内容を一部変更したいと思います。どうかご了承ください。

循環器疾患と大規模災害

 まず,大規模災害と循環器疾患の関連について考えてみたいと思います。マスコミにも再三取り上げられていますが,災害時にはその現場でも周囲でも,(1)不整脈,(2)急性心不全,そして(3)肺血栓塞栓症(PE)の危険性が高まります(災害直後ではなく,だいたい数日後から1週間後が発症のピークです)。その原因はこれまで漠然と「ストレスやパニック」とされてきましたが,もう少し細かく見ていきましょう。

1.不整脈について

 大災害時の不整脈の発生は,植込み型除細動器(ICD)の普及によって大きく理解が深まりました。ICDは普段からプールの監視員のように心臓の電気活動に目を光らせていて,心室頻拍(VT)や心室細動(VF)といった危険な不整脈を検出したときに除細動をかけます。その活動記録は,専用の器械(インテロゲーター)を使って磁気通信を通じて取り出すことができます(図1)。

図1 ICDの作動の様子
左:洞整脈からPVCを契機にVTへ移行,数秒後にICDが作動(ICD dischargeと書かれた部分)して洞整脈に戻っている。
右:マグネットを患者の胸に当て,インテロゲーターでICDの作動記録を取り出す。

 2001年の9.11事件,そしてその後の数回の世界的な震災の際のデータから,そうした大災害の3日後から1か月後くらいまでの期間,ICDの作動は約3倍に上昇することがわかりました。特筆すべきは,そのリスクは災害地から何千キロも離れたところでも同じということです。例えば,9.11事件の際にはフロリダ州でもICDの作動率が上昇しました。テレビなどの報道が,患者さんに与える影響は尋常ではないことが推し量れます(文献1)。

 こうした事態にどのように対応すべきなのか,確固たる治療法は現在まだ確立されていませんが,不安症状が強ければ積極的に抗不安薬を処方することなどが推奨されています。

2.心不全について

 心不全は,単に心臓がサボって拍出される血液の量が足りなくなるということではありません。いくら心臓が頑張っていても,その先の血管の抵抗(血圧)が高くてはなかなか血液を運び出せません(最近はこちらの「圧の問題」が「量の問題」よりも心不全の発症には影響が大きいのではないかと考えられています)。この血管の緊張を支配しているのは自律神経であり,そのバランスがおかしくなると血管抵抗が高くなり,心臓にあまり予備能がない人は心不全発作を起こしやすくなります。

 この究極的な表現型がタコツボ心筋症と呼ばれる特殊な形態の心筋障害です(文献2)。災害や身内の不幸などで極端に自律神経のバランスが崩れ,内因性のカテコラミンが上昇し,その受容体が多く分布する左室心尖部がオーバーフローを起こして局所的な心臓麻痺を起こします(アナフィラキシー時のエピネフリン,また喘息時のβ刺激薬の過量投与でも同じことが起きます)。このときに心基部は動き続けるので(図2矢印部分),ちょうど左室の造影所見がタコツボのように見えます。タコツボ心筋症はやはり災害時に多く発生が認められ,不整脈と同じく突然死と関連しているのではないかと考えられています。

図2 タコツボ心筋症のX線像

 さて,タコツボ心筋症では心電図が大きく変化することが知られています。具体的には,発症時に前壁を反映する誘導(V1-4)にST上昇のパターンがみられ,その後の数日間でT波が陰転化し,そして次第に正常化します。発症時は症状も劇的であるため(胸痛や心不全症状を訴える),STEMIとの鑑別が非常に難しいところですが,ここでもやはり鏡像変化の有無が役に立ちます(前回,2923号参照)。すなわち,STEMIではV1-4の反対側のII-III-aVF誘導に鏡像変化が認められますが,タコツボ心筋症では鏡像変化はありません。むしろ,II-III-aVF誘導でもST上昇が認められるようなケースが半数以上を占めます。どうしてもSTEMIが除外できないケースでは冠動脈造影を行いますが,このような心電図所見の豆知識も迷った際には参考にしてください。タコツボ心筋症は経過観察のみで回復することが多い疾患です。

3.PEについて

 避難所であまり動かず深部静脈血栓症(DVT)となり,それがPE(いわゆるエコノミークラス症候群)をもたらすパターンが指摘されています。筆者が今回の被災地で診療に当たった際にも,椅子の上でずっと寝ていたために両側のDVTを来し,足が蜂窩織炎のようになった90歳くらいの女性の方がいらっしゃいました。こうした状況は米国のホームレスでは見かけたことがありましたが(寒くて車椅子から動かない),日本では初めてでした。

 そのPEの心電図所見では,いわゆるS1Q3の右室負荷パターン(図3左)が有名ですが,みかける頻度は30%以下です。しかも重症度とはあまり相関しません。実は,それよりも右側胸部誘導(V1-3)のT波の変化のほうが予後をよく反映します(図3)。しかし残念ながら,いずれも頻繁にみかける所見ではありません。

図3 典型的なPEの心電図所見
左:S1Q3パターン。右室負荷が読み取れる。
右:右側胸部誘導。PEでT波は陰転化する。

 最もよくみかけるPEの心電図所見は,「洞性頻脈のみ」ですが,これだけではあまり鑑別に役立ちません。決定的な所見がないところがPEという疾患の難しい部分だと思いますが,最近ではD-dimerの使い方もわかってきましたし(低リスクの症例の除外はD-dimerで十分),肺動脈CTという強力な画像診断装置も登場しましたので(中リスク以上の症例の診断に有効),随分マシになってきたと思います。

被災地で本当に役に立つことは?

 さて,今回筆者は震災直後に東京都と大学の厚意によって東北の避難所の診療チームに加えていただきました。検査も治療薬も限られている状況で数日間医療を行い,心電図よりも何よりもただ単純に系統的な身体所見を取っていくスキルがいかに大事かを痛感しました。ほかにも丁寧にバイタルを診たり,重症の方を転送する手配をしたり,イソジンでトイレをキレイにすることの優先度が高くなりました。逆説的ですが,予防,問診,所見という基礎をおろそかにせず,検査は補助的に使い分けることが大事だということを強調させてください。ちなみに,活動期間中心電図をとったのは,心房細動の確認をAEDで行ったときだけでした。

 今回は駆け足で災害のストレスにまつわる循環器疾患とその心電図所見を見てきました。後半は,心電図の連載としては身も蓋もない話になってしまいましたが,何はともあれ本稿が発行されるころには,状況が少しでも良くなっていることを祈ってやみません。

POINT

●テレビなどの影響で,災害の遠隔地でも不整脈の発生は増加する。
●タコツボ心筋症やPEの発症も増える。
●非常時は,原則に即した地道な診断・治療,そして予防の実施が大事。

つづく

参考文献
1)Shedd OL, et al. The World Trade Center attack : increased frequency of defibrillator shocks for ventricular arrhythmias in patients living remotely from New York City. J Am Coll Cardiol. 2004 ; 44(6) : 1265-7.
2)Watanabe H, et al. Impact of earthquakes on Takotsubo cardiomyopathy. JAMA. 2005 ; 294(3) : 305-7.

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