医学界新聞

連載

2011.02.21

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第74回〉
親愛なるヤコブ牧師様

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 チャイコフスキーやワーグナーの音楽を聴いて癒されたとか,おいしい料理を食べて温泉に漬かって癒されたと人は言う。私も,「看護は癒しをもたらす」などと言ったり書いたりしている。しかし,内心,「癒し」は軽々しく使うべきではないと思っていた。その理由は自分自身が「癒し」とは何かを十分わかっていなかったからである。

 その「癒し」を教えてくれた映画を2011年の初めに観た。癒し効果はその後も私の中で続いている。それはフィンランド映画『ヤコブへの手紙』(監督・脚本:クラウス・ハロ,2009年)である。

盲目の牧師に読む手紙

『ヤコブへの手紙』
(3月4日まで銀座テアトルシネマにて,その後全国順次公開。アルシネテラン配給)
 1970年代のフィンランドの片田舎。『ヤコブへの手紙』の主な登場人物は,牧師ヤコブと牧師の家に住み込みで働く女性レイラ,ヤコブへの手紙を配達する郵便配達人の3人である(レイラは大柄でたくましく,私の中の「女優」という概念を覆した)。

 模範因として恩赦を言い渡されたレイラは,12年間暮らした刑務所から釈放されても行くところがなかった。不本意ながらも,勧められるがままに牧師の家で働くことになった。レイラが訪ねた家には盲目の牧師ヤコブがいて,「よくいらっしゃいましたね」と温かく迎え入れてくれた。しかし,すぐそこを出て一人で生活を始めようと考えていたレイラは,牧師にそっけない態度をとり笑顔ひとつ見せなかった。

 そんなレイラに目の見えない牧師がお願いしたのは,毎日届く手紙をヤコブに読み聞かせ,彼の口述した内容を代筆することだった(これは,彼がただ一つできないことであった)。「ヤコブ牧師,郵便ですよ」。自転車に乗った郵便配達人によって,毎日届けられる人々からの手紙は,「親愛なるヤコブ牧師様」で始まっていた。手紙の送り主たちは,些細なことから,誰にも打ち明けられないことまで,いろいろな悩みを告白する。孫の就職口がないこと,学校が嫌でたまらないこと,夫の暴力が収まらないこと……。一度だけの人もいれば,何度も手紙を送ってくる人もいる。

 ヤコブ牧師は,さまざまな内容の手紙のひとつひとつに,丁寧に返事をした。手紙の送り主たちはヤコブからの返事を心のよりどころとしていたし,彼もまた毎日届く手紙を楽しみにし,生きがいにしていた。ヤコブ牧師は,手...

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