医学界新聞

連載

2010.06.07

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第2回】
「心臓麻痺」への対応
――もしも目の前で人が倒れたら

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


心臓麻痺とは何でしょう?

 急に心臓が止まり「うっ」と叫んで人が倒れる。昔から小説や映画などによく使用され,ご都合主義でありながら劇的な愁嘆場の数々,何とはなしに思い浮かばないでしょうか。最近では「ノートに名前が書かれると『心臓麻痺で死ぬ』」という作品もありました(文献1)。その作中での発作のシーンはドラマチックに描かれ,おそらく巷の心臓麻痺のイメージとはそのようなものと思います。

 こうした表現に対して一般の読者であれば,「なるほど心臓麻痺とは怖いものだ」と納得するところです。しかし,健全にObsessiveな医学生・研修医は,心臓麻痺とは医学的にいかなる事象を指すのか,そしてかような事態に遭遇した場合どう対応すべきか,と自らに問いかけなければなりません。

 ところで,ここまで「麻痺」という言葉で引っ張ってきてしまいましたが,実は“心臓麻痺”という医学用語は存在しません。本稿では便宜的に心臓麻痺を「急に心臓が止まって人が倒れること」ととらえています。

 すると,これは循環器の代表疾患「心筋梗塞」でしょうか? 確かに心筋梗塞で人がバタッと倒れることもあるにはあるのですが(アダムス・ストークス発作など),病院にたどりつくことができた心筋梗塞の患者さんのストーリーとしては比較的まれです。何より心筋梗塞は血管が詰まって心筋が死ぬことなので,必ずしも心臓全体の麻痺とイコールではありません。

 では,心室頻拍(VT,図1)や心室細動(VF,図2)などの不整脈で心臓麻痺を定義するのはどうでしょうか? しかしVTは一応心臓が動いているので「麻痺」ではなく,VFも心拍出量は0ですが,心臓がブルブルと震えているので微妙なところです。それならば,心停止(Asystole:心電図がフラットな状態)ならば文句なしの「麻痺」でしょうか?

図1 比較的ゆっくりとしたVTの心電図
この程度の心拍数であれば心臓は十分に拡張する時間をとることができ,脳血流(つまり意識)を保つことは十分に可能。

図2 VFの心電図
発症をとらえたところであり,洞整脈からPVC(心室性期外収縮)の二連発(矢印)を経てVFへと移行している。

 ここで少し発想を切り替えていただきたいのですが,この心臓麻痺の候補,VT・VF・Asystoleの三つの事象は,連続的なものとして解釈するのが正しいようです。最近提唱されたWeisfeldの3-phaseモデル(文献2)では,心停止は,(1)電気相(0-4分),(2)循環相(4-10分),(3)代謝相(10分以降)と分類されています。VT/VFが多くみられる電気相では除細動が最も有効な治療法となり,VT/VFがAsystoleへと進展する循環相では胸部圧迫などの蘇生措置が重要性を増します。ちなみに,最後の代謝相では電解質や代謝の乱れに応じた治療法(例:低体温療法)が念頭に置かれていますが,まだ開発段階の治療が多く,予後も厳しいphaseです。

正確な診断よりも優先されなくてはいけないこと

 では,このように連続的な電気現象である「心臓麻痺」はいったいどうとらえるべきなのでしょうか? ここで『心臓突然死』(Sudden Cardiac Death ; SCD)という概念に登場してもらいます。SCDは,かぜと同様に症候を表す言葉で,特定の疾患や心電図所見を指す言葉ではありません。発症(ほとんどは意識消失)から一時間以内の,心臓停止を原因とする自然死を言います。このSCDが,いわゆる心臓麻痺を医学的に表現していると言っていいのではないかと思います。

 市井の人々から「心臓麻痺」として恐れられてきた内容は,これまでは「心筋梗塞ではないか?」あるいは「急に不整脈が起きたのではないか?」とおぼろげにとらえられてきたのが実態です。これをSCDという概念で取りまとめ,“診断はさておき起きてしまったイベントに素早く対応することが大事”という発想に転向したわけです。

 蘇生開始までの時間は心肺停止後の生存率に直結しているので(図3),基本的に心肺停止の場合,イベントの原因は蘇生処置の開始後に探っていきます。実際,救命可能な心停止例のほとんどはVFまたはVTによるものであり(電気相から循環相:救命率9.5-41%),イベント発生後ある程度時間を経てしまっているAsystole(多くは代謝相)では,救命率は1%程度にまで落ち込み,いかに早期の電気相や循環相での対応が大事かということが強調されます。

図3 心肺停止後の生存率は蘇生処置が早ければ早いほど高くなる (文献3より引用)

 なお,図4 を見ると,実はSCD の絶対数として多いのは健常人なのです【(1)の囲み】。発症確率が高いのは循環器疾患を持つ患者さんたち【(2)の囲み】ですが,絶対数は“少ない”ことも覚えておいてください。それだけに突然死を完全に予防するのは難しいタスクとなり,AEDの適切な設置など課題の多い分野です。

図4 心臓突然死(SCD)の疾患群別発症率と絶対数
(1)SCDの発症率が低いのでその予防の対象とならない群。しかし,SCDの絶対数は多い。
(2)SCDの発症率が高いのでその予防の対象となる群。β遮断薬やICD(植込み型除細動器)などを用いる。
(Braunwald's Heart Disease, 8th edより引用)

ACLSの精神

 こうした流れのなかで,起きてしまったイベントに“脊髄レベル”で対応して動けるようなプロトコルを,という意識が高まって生まれたのが,ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)のアルゴリズムです。ACLSの詳細は成書に譲りますが,例えばVFを見たらすぐに直流除細動を行う,心停止ではすぐに気道確保・人工呼吸・心臓マッサージ(ABC)を行うといった一連の動作です。緊急時に挿管や中心静脈確保といった派手な手技に一斉に走るのでは,皆がボールに集まる小学生のサッカーと同じです。それぞれの医療従事者が適切な役割を担って動くことが高い蘇生率に,そしてSCDの予防へとつながります。直流除細動や心臓マッサージなどの一つひとつのステップを,緊急現場で徹底的に体が動くように叩き込んで,チームで素早くイベントに対応するというのがACLSの精神です。

ACLSは誰のために?

 心臓麻痺,つまりSCDは病院にいれば誰でも遭遇する可能性があり,特に夜間業務を担当することになる初期研修医やレジデントはその初期対応をいや応なしに担うことになります。そのため,米国の多くの病院ではACLSの習得が臨床研修を始めるための条件となっており,初期研修医たちは研修開始直前にACLSプロバイダー資格を取り,それを実践していきます。あなたはどうでしょうか? “ノート犠牲者”への対応,一度きちんと考えてはいかがですか?

POINT

●急性期の循環器疾患は「正確な診断」よりも“すぐやること”と“待てること”で分けて考える。
●SCDイベントには,とにかくすぐ手を打つこと。ACLSのシステマチックな実践が最も大切。
●ACLS資格はゴールではなく,緊急の場で有機的に機能するために必要な「道具」。

 

メモ
●VTでは脈はかなり早い状態となります(180-250/分程度)。これはネズミの心拍数とほぼ同じで,小動物の大きさの心臓ならば十分に縮んで伸びる(十分な収縮期と拡張期をとる)ことができるのですが,ヒトの心臓の大きさでは十分に拡張する時間がどうしても取れなくなってしまい,大抵ショックに陥ります。
●VFは,心電図的には派手ですが,心臓は震えるのみでポンプとしての機能は全く果たしていません。

つづく

参考文献
1)小畑健,大場つぐみ.DEATH NOTEデスノート.集英社.2004.
2)Ali B, et al. Narrative review: cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiovascular care: review of the current guidelines. Ann Intern Med. 2007;147(8): 592.
3)2005 guidelines for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiac care. Circulation. 2005 ; 112 ; Issue 24 Supplement.

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