医学界新聞

連載

2010.07.05

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第3回】
「割れてしまった」QRSが物語るもの その1

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 心電図をみるときに一番目立つのはQRS波であり,心電図を初めて見た人でもたいていその尖った波形に注目します。ただ,これまでこのQRSの幅が広がっている,つまり割れてしまっている場合,「右脚,いや左脚ブロックだ」という心電図所見そのものを議論するだけにとどまり,それがわかった後のマネジメントについては,なおざりにされてきたと思います。しかし,今では物質文明の繁栄と科学検証の功績によって,このQRSの割れ方で実に多くのことがわかることが解明されてきました。

 今回は,最近にわかに脚光を浴びている心不全の分野に話を絞り,割れてしまったQRSの重要性を解説します。

「割れた」QRSの心不全

 心不全の予後は,1990年代後半にACE阻害薬が登場し(約30%の生命予後改善効果),さらにその後β遮断薬(約40%の生命予後改善効果)が導入されるに及んで劇的に改善しました。それまでの数百年間はジギタリスと利尿薬しかなかったわけですから(この2剤の予後改善効果はまだわかっていない,というより否定的です),そのころと比べると今の心不全患者さんの予後はそれこそ雲泥の差,まるで別の病気のようだと聞きます。そこから,さらに予後を改善させる治療法として数年前に登場したのが,両室ペーシング(cardiac resynchronization therapy)です。

右室と左室の収縮の「ズレ」

 本来,心臓の右室と左室は同時に収縮します。この左右同時進行のメカニズムを支えているのが,中央にそびえる心室中隔であり,この心室中隔が右と左の自由壁からの収縮を受けとめることができる故に,心臓はその血流ポンプとしての機能を発揮することができます(図1左)。勝手なイメージですが,左右のフックでいっぺんに殴られるような感じです。

図1 左脚ブロックでの心臓の様子
本来の心臓の収縮では右室と左室が同時に中隔に向かって動く(左)。この場合,中隔は中立で双方の圧力は平等となる。しかし,左脚ブロックなどで左室の収縮のタイミングが遅れている場合,左室が収縮してくるころには中隔は右に寄ってしまっていて,左からの圧力を押し返す力が中途半端となる(右)。

 しかし,進行した心不全の中にはこの右と左の心室の収縮のタイミングがずれてしまっているものがあります。左脚ブロックのように,右室が収縮してから左室が遅れて収縮してくるような例では,まず右室自由壁と心室中隔が収縮し,そのあとで左室自由壁が後追いで収縮してきます(右フックの後,遅れて左フック)(図1右)。こうした例では,左室自由壁が後追いで収縮してくるときには既に心室中隔が「右」に寄ってしまっているので,左室のポンプとしての機能は損なわれてしまっています(フックのダメージを逃がしてしまっている)。

 正常な心臓であれば問題にならないような機能低下でも,心不全ではこのわずかな“ズレ”がもたらすロスが病状に大きな違いをもたらすことが多々ありますが,そこに福音をもたらしたのが両室ペーシングというテクニックです。

両室ペーシングの役割

 通常のペースメーカーでは中心静脈から右室にペーシングリードを通しますが,もう一つリードを足して左室も同時に興奮させてしまおうというのが両室ペーシングの考え方です。実際に左室へリードを通すといっても,大動脈から左室へペーシングリードを放り込むのではありません。右房に流れ込んでくる冠静脈洞(coronary sinus)にワイヤーを通して,左室の自由壁側までペーシングリードを持っていくのです(図2)。この右室と左室のリードに同時に電流を流せば,右室と左室は同時に興奮し収縮のズレはなくなるというわけです。

図2 両室ペーシングの模式図

 さて,「QRSが割れたら?」という今回の話とどうつながるかというと,左右の心室の収縮の“ズレ”が激しいほど,心電図のQRSの割れ方が派手になるということです。よってQRS幅が広ければ広いほど,高い両室ペーシングの効果が期待できます。面白いことに,超音波などで肉眼的に右室と左室のズレを見ることができたとしても,電気的にQRSが割れていなければ両室ペーシングの効果はそれほど得られないようです(つまり,両室ペーシングの適応を決めるには目で見える収縮のズレよりもQRS幅のほうが大事と現段階では考えられています)(文献1)。

 ガイドラインでのカットオフ値はQRS幅130 msecですが,確実に治療効果が認められるのは約150 msec幅に割れている人たちです。このぐらい激しく割れ,左室機能が低下(EF 35%以下)している心不全の方であれば十分に両室ペーシングの効果は期待できるといえるでしょう。

心不全の患者さんに対する現在の考え方

 以上より,2010年の今,EF35%以下の心不全の患者さんが入院してきた場合の治療を考えると,最初に血管拡張薬や利尿薬,次に落ち着いたところでACE阻害薬とβ遮断薬という部分は通常の心不全治療と変わりないのですが,QRSが割れているかどうかでその後の運命が少し変わってきます。130 msec以上のLBBBパターンであれば上記のような両室ペーシング,そうでなければ単なるICD(植え込み型除細動器)の適応を考慮するという流れが一般的になってきています。

将来的な展望

 現在,この両室ペーシングを軽度の心不全,あるいは無症状の心機能低下例に用いてもよいのではという議論がトピックになっています。これは大規模臨床研究で「良い」という結果が一つ報告されたためで,どうやらQRSが割れていれば無症状やかなり軽い症状でも両室ペーシングを行って心不全そのものを予防していこうという方向に進んでいきそうです(文献2)。

 また,ペースメーカーが必要な患者さんにも左室ペーシング(冠静脈洞だけにリードを留置する方法)を優先させたほうが良いという報告も出てきました。右室だけのペーシングでは,これまで人工的に左脚ブロックを作ってしまい,左右の心室の同期がズレてしまうことが問題となってきていただけに,非常に合目的と言えます。将来的にはできればペーシングリードは冠静脈洞に放り込む,という時代が来るかもしれません(文献3)。

 さて,この「割れた」QRSが重役を担うのは,心不全の病態だけではありません。次回は虚血性心疾患例での使い方,そして無症候スクリーニング例で割れたQRSをさらに検討します。

POINT

●割れてしまったQRSは,実は左右の心室収縮のズレを表している。
●心不全患者でQRS130msec以上の場合,両室ペーシングを考える。
●両室ペーシングの応用範囲は広がってきており,将来的にはもっと一般的になると予想される。

 

メモ 脚ブロック復習
V1誘導は胸骨右側から心臓をのぞいている誘導ですが,そのV1で(左肩が下がったアルファベットの)Mの形をしているものならば右脚ブロック(RBBB),両肩のないVの形をしているものが左脚ブロック(LBBB)です。

つづく

参考文献
1)Beshai JF et al. Cardiac-Resynchronization Therapy in Heart Failure with Narrow QRS Complexes. N Engl J Med. 2007 ; 357(24) : 2461-71.
2)Moss AJ et al. Cardiac-Resynchronization Therapy for the Prevention of Heart-Failure Events. N Engl J Med. 2009 ; 361(14) : 1329-38.
3)Yu CM et al. Biventricular Pacing in Patients with Bradycardia and Normal Ejection Fraction. N Engl J Med. 2009 ; 361(22) : 2123-34.

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