下痢症へのアプローチ(谷口俊文)
連載
2010.04.05
レジデントのための 【16回】 下痢症へのアプローチ 谷口俊文 |
(前回よりつづく)
今回は,下痢症へのアプローチについて学びます。急性と慢性のアプローチの違いを認識すること,また院内発生の下痢に関しては別の感染症スペクトラムを考えることが重要です。それぞれの病態について,マネジメントで欠かせない重要なポイントをみていきます。
■Case
67歳男性。市中肺炎治療のために入院し抗菌薬の投与を受けていた。呼吸症状は改善傾向を示し,入院3日目には白血球数はほぼ正常になっていたが,その翌日に白血球数が18,000/mm3と上昇し,下痢症状,腹痛を訴えるようになった。アルブミンは2.2mg/dL,腎機能は正常。Clostridium difficile感染を疑い,メトロニダゾール投与を開始した。
Clinical Discussion
院内で発生した急性の下痢や白血球数の上昇は常にC. difficile感染を疑う。この患者は現時点のデータに基づくとバンコマイシン経口投与の適応となる。患者の状態に応じて治療戦略を組み立てる。ノロウイルスの院内アウトブレイクも注目を浴びており,臨床症状や簡単な疫学的情報から疑いを持つ。ここでは院内発生の下痢を中心にしながら下痢に対するアプローチを学ぶ。
マネジメントの基本
発症してから2週間以内の下痢を急性下痢症,4週間以上を慢性下痢症と分類する(Clin Infect Dis. 2001.[PMID:11170940])。
急性下痢症のアプローチ
急性下痢症のアプローチとしてまずは対症療法(輸液など)をしっかりと行い,その上で診断を進める(図1)。ここでは感染性の下痢を中心に考える。まずは非炎症性か,炎症性かという大きな枠組みでとらえる。
・非炎症性はエンテロトキシンによる(主に小腸の)分泌亢進で,上皮吸着,表面的な浸潤である。
・炎症性は細胞毒性(Cytotoxic)で侵襲性であるため,腸管粘膜の破壊による便白血球や血便がみられる。
図1 急性下痢症のアプローチ |
治療戦略に結び付けるためには,この枠組みで考えることが重要である。非炎症性ならば抗菌薬の投与よりも対症療法にて経過を観察することが多い。その際,寄生虫疾患は除外しておきたい。炎症性では抗菌薬の投与が必要な感染症があるので,それらを必ず押さえる。(1)赤痢(Shigella),(2)キャンピロバクター(重症例),(3)サルモネラ(合併症を伴う場合)は抗菌薬投与が必要。
先進国におけるサルモネラはnon-typhoidalによる感染が多く,抗菌薬を投与しないケースがほとんどである。これは,抗菌薬の保菌状態を遷延化させることが指摘されているからである。しかし免疫不全,3か月未満/65歳以上,炎症性腸疾患,透析,ステロイドの使用は全身播種のリスクであり,抗菌薬を投与する。腹部大動脈瘤,人工心臓弁や人工関節を持つ患者にも抗菌薬投与が推奨される。腸チフス,腸熱を起こすSalmonella typhi,S. paratyphiによる感染ならば,必ず抗菌薬治療すること。
志賀毒素産性型大腸菌(O157:H7を含む)に対しては,専門家は抗菌薬の投与を推奨していない。これは溶血性尿毒症症候群のリスクが高くなると言われているからである。しかしこの関連性に関してはエビデンスが確立していないことも多い。現時点では,抗菌薬投与は避けるべきとしておく(文献(1))。
慢性下痢症のアプローチ
慢性下痢症は,分泌性,浸透圧/吸収不良性,滲出性の3つに分類するとわかりやすい。診断は急性下痢症より複雑になる。図2を参照していただきたいが,(1)薬剤性(下剤乱用含む),(2)ラクトース不耐,(3)感染,を除外する各ステップは踏んでほしい。鑑別診断は多く,問診・身体所見なども合わせて個別的なワークアップをする必要がある。
図2 慢性下痢症のアプローチ |
院内発生の下痢
まずC. difficile感染を考える。ほかにはアウトブレイクとしてノロウイルスの院内発症例が報告されている。入院してから3日経過した後に発症した下痢に対しては便培養を出さないとする「3日ルール」(Clin Infect Dis. 1996[PMID:8953074])があるが,HIVや免疫不全の患者においては個々の状態に応じて判断すべきである。
◆Clostridium difficile感染
以前はCDAD(Clostridium difficile-associated disease)と呼ばれていたが,現在はCDI(Clostridium difficile infection)と呼ぶべきである(Clin Infect Dis. 2008[PMID:18177220])。診断はEIA毒素アッセイによる毒素A/Bの検出によるが,感度がよくないため繰り返し行う必要がある。抗菌薬投与中の患者において白血球の急上昇が疑いを持つきっかけになることもある。重症度は治療方針にかかわるため確認すること。CDIの治療はエビデンスが少なく今後の研究を待つ必要があるが,軽症例にはメトロニダゾール,重症例にはバンコマイシンという方向性はみられる。
重症型CDIの診断基準*2点以上の場合,重症型(Severe)CDIと判定 |
重症型CDIと判断された場合はバンコマイシン125mgを1日4回(6時間ごと)経口(もしくは胃管)投与で治療を開始する。治療期間は10日間が基本(経口投与が難しければ経直腸的なバンコマイシン投与を考慮する。バルーンカテーテルを直腸に留置し,バンコマイシン500mgが入った100mL生食を入れて1時間クランプする。その後,カテーテルを抜去。これを4-12時間ごとに行う)。それ以外の軽症例はメトロニダゾール500mgを8時間ごとに経口投与。中毒性巨大結腸,結腸の壁肥厚,穿孔を呈した場合などは劇症型(Fulminant)CDIと判断され外科的治療が必要になる。
◆ノロウイルス
Norovirus(ノロウイルス)はアウトブレイクを起こすことで注目を浴びているウイルス性の胃腸炎である。ジョンス・ホプキンス大学病院でアウトブレイク(Clin Infect Dis. 2007[PMID:17682985])が起きた際の総対策費用は$657,644(約6000万円)と見積もられた。治療は対症療法だが,感染拡大を防止するためにも早期診断,隔離が必要である。アウトブレイクを疑うときはカプランの診断基準が役に立つ。
カプランの診断基準・病状の平均(中央値)期間が12-60時間。 |
診療のポイント
・下痢症の多くは抗菌薬が必要ない。抗菌薬の必要な感染症を覚えておく。
・急性下痢症は炎症性,非炎症性を区別。
・院内発生の下痢,急な白血球の上昇はC. difficileを鑑別に入れる。
・C. difficile感染は重症度を考えて治療を決める。
この症例に対するアプローチ
CDIの重症度を判定すると,年齢は60歳以上,アルブミンは2.5mg/dL以下,白血球数は15,000/mm3以上であり,2点以上となるためバンコマイシンの経口投与による治療を選択することになる。
Further Reading
(1)DuPont HL. Clinical practice. Bacterial diarrhea. N Engl J Med. 2009;361(16):1560-9.[PMID:19828533]
(2)Gerding DN, et al. Treatment of Clostridium difficile infection. Clin Infect Dis. 2008;46 Suppl 1:S32-42.[PMID:18177219]
(つづく)
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
-
連載 2010.09.06
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
最新の記事
-
医学界新聞プラス
[第2回]意思疎通が困難な脳血管障害による重度認知機能低下,左片麻痺による寝たきりのケース
『生活期におけるリハビリテーション・栄養・口腔管理の協働に関するケア実践マニュアル』より2024.08.16
-
対談・座談会 2024.08.13
-
ジェネラルマインドを携えて
総合診療という終わりなき道をゆく対談・座談会 2024.08.13
-
対談・座談会 2024.08.13
-
寄稿 2024.08.13
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。