医学界新聞

連載

2010.05.10

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【17回】 心不全へのアプローチ(前編)

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 心疾患の中でも入院が多く,マネジメントが複雑化しやすい心不全に対するアプローチを学びます。盛んに研究が行われ,多くのエビデンスがそろってきている分野ですが,治療の原則はあまり変わらず,基本を押さえるべきです。今回は急性期の診断とマネジメントを学びます。循環器科医のもとで治療を受けることが多いのですが,ジェネラリストとして最低限の治療の流れを知る必要があります。

■Case

 76歳の男性。既往歴に高血圧,脂質異常症がある。高血圧のコントロールは不良であり,時々近医に服薬を勧められるも高血圧の薬を飲んだり,飲まなかったりという状態であった。夕方ごろより呼吸が苦しくなり,自分でも喘鳴を聞くことができる。胸痛はない。心配した家族が救急車を要請。救急外来到着時,血圧200/120mmHg,心拍数120回/分,呼吸数28回/分,酸素飽和度88%であった。胸部X線写真は肺うっ血像を認める。

Clinical Discussion

 臨床上合致しない所見があるが,こういった患者を診たときに除外しなければいけないのは急性心筋梗塞である。心電図や心筋マーカーを含む血液検査の提出を考えなければならない。緊急の心エコーを行うことが望ましい。検査の結果,心筋梗塞が否定的であったとしよう。急性肺水腫を呈した呼吸苦の原因としては何が考えられるだろうか? 心不全が原因である急性肺水腫の症例は多い。その他の疾患とどのように鑑別していけばよいのだろうか? 心不全による急性肺水腫の場合,どのようなマネジメントが必要だろうか?

マネジメントの基本

急性肺水腫(Acute Pulmonary Edema)のアプローチ
 急性肺水腫を呈して入院する心不全が多いが,呼吸器疾患などとの鑑別が難しい症例が少なくない。急性肺水腫は心原性肺水腫と非心原性肺水腫に分けて考えるとわかりやすい(文献(1))。

 S3(III音)ギャロップの聴取は左室不全の身体所見のひとつであり,特異度が90-97%であるが,感度が9-51%とされており医師の技量による。なるべくシンプルで客観的な指標を使用できればそれに越したことはない。そのためか,BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)に関する研究は幅広く行われている。

 心筋梗塞やCOPDの既往があるか,浮腫の有無など,シンプルかつ重要な病歴・身体所見は絶対に見落とさない。診断に苦慮するのは心筋梗塞の既往があり,糖尿病,高血圧,脂質異常症,COPDを合併するヘビースモーカーの患者だったりする。

 基本は外さないという意味で表のアルゴリズムは参考になる。ただし,例えば心エコーは収縮機能不全や弁機能不全の診断に非常に有用であるが,左室駆出率が正常だからといって拡張機能不全による心不全という病態があるため,心原性肺水腫は否定できない(ドプラ法を使用した場合に拡張機能不全なども診断できるが,詳細は各自で調べること)。他の因子も診断を決定づけるものではないことに注意する必要がある。なお,アルゴリズムにおける肺動脈閉塞圧の測定は必要であるというわけではなく,心エコーまで行ってもやはり診断がつかない場合などに考慮する,という程度に考えていただきたい。

 心原性肺水腫と非心原性肺水腫の鑑別アルゴリズムの一例

心不全診断におけるBNP
 BNP(もしくはNT-proBNP〔脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント〕)は心不全が疑われ,呼吸困難を来している場合には計測すべきである。BNP(Breathing Not Properly)Study(N Engl J Med. 2002[PMID: 12124404])では,BNPのカットオフ値50pg/mLで96%,100pg/mLで83.4%の精度で心不全を除外できた。現在よく使用されるカットオフ値は「BNPが100pg/mL以下で心不全を除外,500pg/mL以上で心不全が呼吸苦の原因である」とするものである。100-500pg/mLの間だとBNPはあまり役に立たないとされるが,実際にはこの値に入る患者が多い(Congest Heart Fail. 2004[PMID:15604859])。

 NT-proBNPの正常値はBNP値と似ている(約10pg/mL)が,左心機能不全ではBNPよりも4-5倍上昇する。年齢を<50歳,50~75歳,>75歳の3グループに分けた場合,心不全診断のカットオフ値はそれぞれ450,900,1800pg/mLとした。300pg/mLを心不全除外のカットオフ値として陰性的中率98%であった(Eur Heart J. 2006[PMID:16293638])。

 BNPもNT-proBNPもあくまで診断の補助に使用されるべきであり,他の因子と合わせて解釈する。両値とも高齢に伴い値が上昇する。また腎不全でも値が上昇するが,NT-proBNPは特に腎代謝なので上昇しやすく,解釈に注意する。肥満は両方の値を低下させる。

急性心不全(AHFS:Acute Heart Failure Syndrome)の管理
 収縮期血圧(sBP)をベースにした治療戦略(図)の選択が病態生理学的にも理にかなっている(文献(2))。

 急性心不全の治療アルゴリズムの一例(文献(2)参照)

 CS1の患者では左室駆出率が保たれており,後負荷の増大が左心負荷の原因となる。こうした場合は利尿薬よりも血管拡張薬(ニトログリセリン,硝酸イソソルビド,カルペリチド),そしてACE阻害薬の早期投与が治療の主体となる。CS3はさらに2つのタイプ((1)明白な低灌流もしくは心原性ショック,(2)低灌流もしくは心原性ショックがみられない)に分けることができる。CS3の多くの患者は末期の心不全のことが多い。

 以前,心不全の治療の基本であったドブタミンやミルリノンなど強心薬はADHERE(J Am Coll Cardiol. 2005[PMID:15992636])で示されたように,もはや一般的には第一選択とならない。心原性ショックを示すタイプのCS3の患者や,CS2やCS4の限られた患者にて適応がある。CS2やCS5の患者で慢性的に全身性体液が増加している場合はラシックス®など利尿薬が第一選択になる。しかしながら急性心不全の患者の多くはCS1であることがわかってきており,心不全だからといってルーチンで利尿薬を投与してはならない。

診療のポイント

・急性肺水腫の診断は病歴,身体所見,検査所見など総合的に判断する。
・BNP(NT-proBNP)は極めて有用な検査だが,この検査だけで心不全を診断しない。
・急性心不全の治療は収縮期血圧/病態による分類を考えながら戦略を練る。

この症例に対するアプローチ

 この患者は図でいうCS1に分類される。急性期の治療としてニトログリセリンなど血管拡張薬を主体とする。容量負荷が見られる場合は利尿薬(ラシックス®)を使用してもよいが,短期間でやめることができるはずである。ニトログリセリン開始後に血圧が30-40mmHg程度低下すれば,たいていの患者の症状は改善し利尿薬を使用しなくてもよいかもしれない。症例の患者では救急外来でラシックス® 40mg静注されたが,病棟(CCU)入院後は利尿薬を使用せず。ニトログリセリンの使用で症状,血圧が改善された(その後のマネジメントは次回へ)。

Further Reading

(1)Ware LB, Matthay MA. Clinical practice. Acute pulmonary edema. N Engl J Med. 2005;353(26):2788-96. [PMID:16382065]
(2)Mebazaa A, et al. Practical recommendations for prehospital and early in-hospital management of patients presenting with acute heart failure syndromes. Crit Care Med. 2008;36(1Suppl):S129-39. [PMID:18158472]

つづく