医学界新聞

連載

2009.09.07

連載
臨床医学航海術

第44回

  医学生へのアドバイス(28)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回予定を変更してハリソン内科学書をついに読破したことについて報告した。今回はそのハリソン内科学書について考えてみることにする。

ハリソン内科学書評

 現在アメリカに限らず全世界で内科学書のバイブルであるハリソン内科学書,原書名『Harrison's Principles of Internal Medicine』の初版は1950年である。この『Harrison's Principles of Internal Medicine』の初版の編著者であるTinsley Randolph Harrisonは,1900年3月18日にアラバマ州Talladegaで生まれた。彼の父Groce Harrisonはハリソン家の16代目の医師で,かの有名なSir William Oslerの教え子であった。父Groce Harrisonは,幼少のころから自分の息子TinsleyにOslerの教えを説いたとのことである。その後父の血を受け継ぎ内科学,特に循環器領域で大成したTinsleyは,1945年に臨床医学と病態生理を結びつけた新しい内科学書を出版することを思いつく。それが現在でも半世紀以上にわたって読み継がれているハリソン内科学書の誕生につながったのである。実際にハリソン内科学書を筆者なりに一文で評すると,「病態生理をprincipleとした症候学と百科事典的・博物学的内科疾患学とからなる内科学書である」と言える。このハリソン内科学書の編集過程は,『ハリソン物語 かくして「ハリソン」はグローバル・スタンダードになった』に詳しく記載されている。

 内科学書のバイブルの元祖は1892年初版のSir William Oslerのオスラー内科学書であった。それにとって代わってハリソン内科学書が出版されるまでには,内科学書のバイブルはセシル内科学書(『Cecil Textbook of Medicine』)であったという。このセシル内科学書は筆者がアメリカで内科レジデントをしたときに病棟に置いてあったので斜め読みをしたが,その記述はハリソンよりもわかりやすかったような記憶がある。2つの内科学書の正確な比較は両方の内科学書を読破してからでないとできないので,現時点では何とも言えない。ちなみに,Cecilは英語で「シースル」と発音し,「シースルー see through」と聞こえる。アメリカで同僚が「シースルー,シースルー」と連発しているのが,セシル内科学書を指していることを理解するまで恥ずかしながら時間がかかった。

 現在では,UpToDate(R)などの電子媒体が実用性や情報の最新性などの面では,ハリソン内科学書などの紙媒体の書籍よりも大幅に上回っている。しかし,そんな紙媒体の欠点があってもなおハリソン内科学書が読み続けられているのには理由がある。それは,紙媒体の書籍では体系が眼で見えること,そして,困難であるが通読することによって「達成感」を味わうことができることなどが挙げられる。電子媒体は検索するのには便利であるが,全体を俯瞰できないし,通読することは不可能に近い。このような理由から電子メディアが発達した現在でもハリソン内科学書はバイブルとなっているのであろう。

 したがって,医学生・医師はその発展段階でハリソン内科学書とさまざまな形のかかわりあいを持つことになる。図書館にあるのを見てみる,とりあえず買ってみたが置いておくだけ,買ってみて斜め読みをする,読破計画を立てるが挫折する,読破した後何回も読み返している,などなど……。そうなると,ハリソン内科学書のそれぞれの版を見ると卒業アルバムのように当時の自分がよみがえってくるのかもしれない……。

 このような理由から,さまざまな人がハリソン内科学書について述べている。以下にその一例を引用する。

 

 むろん,この「ハリソン」を知らない医者は医者ではない。小病院の救急では,整形だ,内科だなどといっていられない。何科に進もうとも内科はすべての科の基本である。江戸時代,内科は本道,外科は外道といった。読了したのが大学6年の24歳の誕生日だったので小生にとっても青春の記念碑的な本である。通読した日に学生寮の自室の壁に「ハリソン内科読了!」とでかでかと落書きしてきた。

 内容はぜんぜん覚えていなくても,線を引きまくったこの本を医局においておくだけで他の医師をひるませることができ,水戸黄門の印籠のようなものだった。今は亡き母に作ってもらった手提げ付きのブックカバーで学生のころ,大学内を持ち歩いていた。

参考文献3)より引用〕

 

 患者を診てもいない学生時代にハリソン内科学書を読破することを筆者は信じることができない。まさに超人のなせる業である。

 また,筆者が大学6年のときにMassachusetts General HospitalのCardiologyで学生実習を受けたが,そのとき付いたcardiology fellowも「僕はUSMLE Step2の前に2回ハリソンを読んで何でも知ってるから,何でも聞いてくれ」と言っていた。「本当に何でも知っているのか?」と思って試しにいろいろ聞いてみたら,悔しいことに本当に何でも知っていた! また,USMLEを受けるときに実際に合格した日本人医師にどうやって勉強すればいいのかと聞いたら,「ハリソン全部読んで覚えていたら受かるよ」と一蹴されたことがあった。無論未熟な筆者はハリソン内科学書を卒後15年目になってやっと読破できたのだから,学生のときに読破できることなどあるはずがなかった……。(ム,カ,ツ,ク……。)

 しかし,今や筆者も遅ればせながらハリソン内科学書を曲がりなりにも読破した医師の端くれにやっとのことでなることができたのであった。だが,このまま単にハリソン内科学書を読破しただけではおさまらない。どうしよう? そうだ! 手垢で汚れたハリソン内科学書を研修医の教育に使うことにしよう! 自分が研修医のとき横須賀米海軍病院のアメリカ人医師から見せつけられたように,研修医を教えるとき浩瀚なハリソン内科学書をいとも簡単に開いて,「そんなこと,ここに書いてあるよ」とこれ見よがしに言ってみることにしようっと……

次回につづく

参考文献
1)Kasper DL, et al, eds『Harrioson's Principles of Internal Medicine, 16th ed』 (McGraw-Hill社,2005).
2)Wilson JD,ほか著 『ハリソン物語 かくして「ハリソン」はグローバル・スタンダードになった』 (メディカル・サイエンス・インターナショナル,2003.非売品).
3)仲田和正著 『CBRレジデント・スキルアップシリーズ(4) 手・足・腰診療スキルアップ』 Appendix2 参考になる図書(シービーアール,2004).
4)「プロの医師」と『ハリソン内科学』(週刊医学界新聞 第2532号) 

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