医学界新聞

連載

2009.08.03

連載
臨床医学航海術

第43回

  医学生へのアドバイス(27)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回まで人間としての基礎的技能である「視覚認識力-みる」について述べた。今回からは,人間としての基礎的技能の4番目である「聴覚理解力-聞く」について述べる予定であった。しかし,このたび第26回のハリソン読破作戦で述べたハリソン内科学書の原書をついに読破することができたので,急遽予定を変更してその報告をすることにする。

ハリソン内科学書読破

 第26回で報告したように,以前筆者は2度目のハリソン内科学書読破計画である「博多-新大阪往復新幹線ハリソン読破作戦」に見事に失敗したが,「新幹線ハリソン全ページ総めくり作戦」には成功した。それ以来,やはりどうしても悔しいので,暇を見つけてハリソン内科学書をとにかく最初から精読することに再挑戦した。

 1日1章などとても不可能なので,そんなノルマなど気にせずに時間があるときに読むことにした。しかし,ハリソン内科学書を精読する時間などまとまってあるわけがなく,読み始めたものの例によって読んだページ数は遅々として進まなかった。これでは,やはりハリソン内科学書を読破することは夢のまた夢であった……。

 しかし,そんなとき転機が訪れた。それは2008年5月1日の「総合診療外来」開設である。筆者は2008年5月1日から救急室の診察室を利用して,「総合診療外来」を開始した。「総合診療外来」は内科系の新患を2年目研修医と3年目後期研修医で診療するものである。この「総合診療外来」では,2年目研修医は患者を診療した後に,筆者にプレゼンテーションすることになっている。そのため,筆者は「総合診療外来」に患者が受診している間は,研修医のプレゼンテーションのために「総合診療外来」で待機していなければならなかった。そこで,救急室の診察室の横にある倉庫を筆者の控え室として使用させてもらうことにした。その倉庫は災害対策用の備品が置いてある1×2メートルほどのスペースであるが,夜間には夜間事務員が休憩できるようにいすが置いてあった。その倉庫を「総合診療外来」の指導医の控え室として使用することにしたのである。

 研修医が患者を診察している間,筆者は一人小さな倉庫で息をこらえて待ち続けた。倉庫にはいすしかなく机などもあるはずがない。コンピュータもなくインターネットもできない。こんな狭いところでどうやって時間をつぶせばよいのだろうか? そして,あるときふと思った。そうだ! ハリソン内科学書を読めばいいのだ!

 そう思った筆者はまた性懲りもなくハリソン内科学書の第16版を原書で読み続けることにした。各章を読み終えたら,目次のその章の横に読んだ日の日付を記載した。序論のPart Oneと症候学のPart Twoまではすらすら読めた。Part Threeの遺伝学など理解できるわけがなく,Part Fiveの血液腫瘍の章は実際の診療でそんなに遭遇しないので読み飛ばした。そして,最大の難関Part Sixの感染症である。この感染症の章は,筆者が最初にハリソン内科学書を読破しようとしたときに挫折した章である。今回もここでつまづいてはならない。心を無にして読んだ。この感染症の章を読んだのはちょうど夏場の暑い時期であった。冷房もない倉庫で集中できるはずもなかったが読み続けた。感染症の各論など,その感染症を診たことがなければイメージできるはずもなかった。とりあえずやっとのことで感染症の章を読み終えて思ったのは,「とにかくいろいろな微生物がいていろいろな症状を引き起こす」ということぐらいであろう。Part Sevenにテロリズムがあったが,内科学書にテロリズムの章を割いているというのはかなり救急医療を意識してのことだろう。

 それ以後の循環器・呼吸器・集中治療・腎泌尿器・消化器は比較的苦痛もなく読み通すことができた。年末年始にPart Thirteenの膠原病にさしかかり,Part Fourteenの内分泌に突入した。ここで,一気に最後まで読破できるかとも思ったが,そんなに甘くはなかった。この内分泌の章がまた苦痛であった。内分泌疾患など自分の診療でほとんど遭遇しないし,内分泌の病態生理などもう一度初めから理解しながら読む気になどとてもなれなかった。内分泌の章は感染症の章に続く第2の山であった。ここも己を無にして読むことにした。そして,それに続くPart Fifteenの神経とPart Sixteenの中毒・動物咬傷の章を読み,ついに2009年3月4日にめでたくハリソン内科学書を読破することができた。3度目の正直である。

 筆者はやっとこさっとこ原書でハリソン内科学書を読破することに遅ればせながら成功したが,それで自分が変わったかというと正直言ってほとんど変わっていない。読み終えて思ったことは,だいたいこんなことが一般内科医として頭に入っていればよいということがわかった程度である。内容をすべて理解して記憶しているわけではないので,必要があれば辞書的に何回も読み返す必要がある。だから,ハリソン内科学書は単に1回通読するだけではなく,時に応じて何回も何回もひっくり返して読み込むものなのであろう。そして,読むたびごとに新たな発見があるのであろう。アメリカで内科レジデントがハリソン内科学書を通読することを目標とするのは,おそらくハリソン内科学書を通読することによって体系的な内科学の知識を身につけるためなのであろう。

 やっとハリソン内科学書を読破できたと思ったら,なんと原書では第17版がすでに発売されていた! ハリソン内科学書は3-4年に一度改訂されるのである。ということは,自分の知識をアップデートするためには,3-4年に一度ハリソン内科学書の最新版を通読しなければならないということである。しかし,3度目の挑戦でやっとハリソン内科学書を読破できた筆者は,ここで新たにハリソン内科学書の第17版を買って初めから読もうという気には残念ながらとてもなれなかったのであった……。

次回につづく

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