医学界新聞

連載

2009.08.03

論文解釈のピットフォール

第5回
RCTと観察研究――デザインの違いと意味するものの違い 3

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


治療として確立するにはどのような研究が必要か?

 前回,研究結果を安全性も含めて多くの患者へ適用するには,別の研究が必要になると述べました。それは,RALES試験という,予後へのいわば効能を安全に厳密に評価する試験のあと,その結果を診療でどのように活かすか,という研究です。そこに観察研究,あるいはもう少し“緩い”RCTの必要性があるのです。

 また診療上,既に頻用されている薬剤であっても,それに関するさまざまな臨床的な疑問が出てくることがあります。その場合,もはや治験に準じたような研究は不可能ですから,もっと現実的な臨床試験や観察研究を実施して,その疑問を解く必要があります。

 例えば,β遮断薬は,1981年に既に心筋梗塞後の患者の死亡率を減少させることがRCTで証明されました(文献1)。しかし,その後の調査では適応があっても,禁忌ではないにもかかわらず使用されていない例が多いことがわかりました(表,文献2)。すなわちRCTでプラセボとの比較による効能が証明されていても,実際に患者にはその治療が届いていなかったのです。これは,初期のRCTで除外された,高齢者,心機能の低下患者,COPDを合併する患者,糖尿病患者が実際の診療場面では多いし,これらの患者には「RCTのエビデンス」がなく,投与しにくいためだと考えられます。

 心筋梗塞後患者(n=307)のβ遮断薬の使用例
β遮断薬使用
124/307
β遮断薬不使用
183/307
使用禁忌 禁忌ではない
35/124 89/124
使用禁忌 禁忌ではない
87/183 96/183
β遮断薬は,心筋梗塞後の患者の予後を改善するというRCTの結果が1980年代に報告されていたにもかかわらず,1990年代前半の調査では,投与すべき患者の半数程度しか使用されていない。使用禁忌は,糖尿病,喘息,伝導障害,心不全。(文献2より)

 このような状況では,さまざまな合併症を持つ患者や高齢者を含む集団での観察研究が必要となります。β遮断薬についても,その後1998年に優れた観察研究の結果が発表され,これまで投与し難いと考えられていた患者においても予後を改善することが証明されました(図1,文献3)。結果,その後の冠動脈疾患臨床試験でのβ遮断薬使用率は上昇しています。

図1 観察研究におけるβ遮断薬の服用,非服用患者における生存率
これまでのRCTでは対象患者とならなかった,COPD(a),高齢者(b),心機能低下患者(c)においても,β遮断薬は心筋梗塞後の患者の予後を改善することが,観察研究により示された。

 この研究は,約20万人の診療録に直接アクセスし,急性心筋梗塞で入院した患者で退院時にβ遮断薬を服用している患者(この研究が行われた時点では全患者のわずか3分の1)と服用していない患者の予後を比較したものです。結果として,これまでβ遮断薬があまり使用されていなかった高齢者,COPD合併患者,糖尿病患者,心機能低下患者などで一貫して死亡率の低下が認められました。もちろん,β遮断薬を処方する医師が循環器内科医として習熟していた,投与された患者のほうがいろいろな意味でよりリスクが少なかった,などの交絡因子が除去できているとは言えません。しかし,それまでのRCTの結果と一致することから,この結果によりβ遮断薬の予後改善効果は広く,多くの患者に適用できることになったと言えるのではないでしょうか。著者らもRCTの結果との一貫性を強調し,“It is no longer acceptable that only one third of patients receive beta‐blockers after myocardial infarction.”と述べています。

RCTと観察研究の位置付け

 図2は,新薬が治療として患者に届く過程におけるさまざまな臨床研究の意義を図式化したものです。臨床研究の最も重要な目的は,その治療を患者に届けることにあります。基礎的な生命科学研究から新薬の候補が生まれるわけですが,まず治験という最も厳格な効能を評価するRCTが実施されます。例えば,その薬剤が血圧を下げることの証明や,薬剤の適切な用量に関する試験が行われます。これらの結果を基に,その後,後期臨床試験として標準治療との比較が行われ,効能が証明されて承認,薬価収載となるわけですが,これだけではその薬剤を使った治療法が有効かつ安全であることが証明されているとは言えません。

図2 それぞれの研究の役割
効能を評価する治験などのRCTの後,よりプラグマティックなRCTや観察研究が新しい治療を患者に届けるためには必要である。

 最近では,「糖尿病治療薬であるRosiglitazoneが心血管イベントをむしろ増加させる」という報告があり,新規の糖尿病薬はFDAでの承認に際して心血管イベントのアウトカムデータが必要とされています。ただ,承認前の試験でアウトカムまで評価するのは容易ではありません。特に本邦において,新規糖尿病薬が心筋梗塞リスクを増やさないことを,承認前の後期臨床試験において証明することは困難です。なぜならば,糖尿病薬としての治験の対象になるのは,合併症のない,比較的心血管リスクの低い患者であり,同等性を証明するにしてもかなり多くの患者が必要とされるためです。

 結局,動脈硬化性疾患,腎疾患など慢性疾患の薬剤は,市販されてから長期の予後への効果,真の安全性を評価する臨床研究が実施されなければなりません。それは,(1)より治験に近い形(厳しい選択除外基準や二重盲検法を使用;RALES研究など)でRCTとして実施される場合,(2)よりプラグマティックな,広い範囲の患者を対象としたRCTが実施される場合,(3)観察研究として実施される場合(先述したβ遮断薬の研究),があると思います。理想的にはこれらがすべて実施され,確立された治療法として認識されるべきだと思います。要するに,薬剤そのものの効能の評価のあと,その薬剤を用いた治療法の長期的なアウトカムを評価する,より現実的な研究,結果を現実世界に一般化するための研究が,その治療法を患者に届けるためには必要だということなのです。

 この段階の研究で問題が生じた場合,より前の段階に戻ることも必要になります。基礎研究の結果をヒトに適用しようとする研究をTranslational researchと呼びますが,このような研究も,より実験的なRCTの結果を現実の診療に適用するためのTranslational researchと見なすことができると思います。

 また,論文を読むに当たっては,それがどの段階の研究なのかを把握する必要があります。効能を判定するような研究では,その結果を,安全性を含めて簡単には患者に適用できないことを念頭に置きましょう。また,二次薬などの指定がない,より“緩い”RCTの場合,試験で問われているのは薬剤そのものの効能ではなく,その薬剤で開始した治療法の評価であることも忘れてはなりません。観察研究における試験の意義と,それがどのようにデザインやプロトコル,結果の解釈に影響するか,それぞれのポイントについて今後解説する予定です。

つづく

参考文献
1)beta‐Blocker Heart Attack Study Group. The beta‐blocker heart attack trial. JAMA. 1981;246(18):2073-4.
2)Brand DA, et al. Cardiologists' practices compared with practice guidelines: use of beta‐blockade after acute myocardial infarction. J Am Coll Cardiol. 1995;26(6):1432-6.
3)Gottlieb SS, et al. Effect of beta‐blockade on mortality among high‐risk and low‐risk patients after myocardial infarction. N Engl J Med. 1998;339(8):489-97.

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