医学界新聞

連載

2009.09.07

論文解釈のピットフォール

第6回
臨床試験の“高血圧患者”は,あなたの外来の患者さんと同じ?

植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)


前回からつづく

ランダム化臨床試験は,本来内的妥当性の高い結果を提供できるはずですが,実に多くのバイアスや交絡因子が適切に処理されていない,あるいは確信犯的に除 去されないままです。したがって解釈に際しては,“ 騙されないように” 読む必要があります。本連載では,治療介入に関する臨床研究の論文を「読み解き,使う」上での重要なポイントを解説します。


 臨床試験の結果は,もし診療に用いることができないなら何の意味もありません。ところが本連載第4回では,必ずしも同じような結果が目の前の患者さんで起こるわけではない,ということをお伝えしました。中でもいちばん大きな問題は,臨床試験では「選択された」患者さんが対象だということです。

 本来臨床試験は,より広範囲の患者さんに適用できる結果が得られるように計画を作成すべきなのですが,結果の信頼性(内的妥当性)を高める種々の工夫はされていても,研究の一般化可能性(外的妥当性)についてはあまり考えられていないようです。内的妥当性を高めるための規約()はあっても,外的妥当性を高めるためのものはありません。これは前回述べたように,安全性や薬剤の効能を厳密に評価することが優先されることにも原因があります。

HYVET研究の結果は一般化できるか?

 最近結果が報告された高血圧の臨床試験に,HYVET研究があります(文献1)。これまで,80歳以下の高血圧患者さんでは降圧のメリットが比較的明瞭に示されていましたが,80歳を越えた患者さんでは,降圧の妥当性を示した研究はありませんでした。この臨床的疑問は非常に重要なもので,結果を待たれていた方も多いと思います。結果として,利尿薬(インダパミド)をベースにして150/80mmHg未満を降圧目標とした降圧治療により,80歳以上の高齢高血圧患者さんの予後が改善することが明らかになりました(図1)。

図1 HYVET研究における脳卒中および総死亡リスク(文献1より改変)
HYVET研究では,降圧薬群(インダパミド+ペリンドプリル)において脳卒中リスクおよび死亡リスクの減少が認められた。

 では,この結果は明日からの外来診療に使えるのでしょうか? このような臨床的疑問は一般的かつ重要なものです。利尿薬をベースにして,必要ならACE阻害薬を追加する治療は日本ではあまり一般的ではありませんが,これまでの欧米における高齢者高血圧臨床試験でも利尿薬+カリウム補給あるいは利尿薬+カリウム保持性利尿薬が使用され,予後を改善することが報告されていますから,正当性はありますね。

 しかし問題は,どのような高齢高血圧患者が対象なのかということです。表は,HYVET研究における患者背景,および別の同じような年齢の高血圧患者を対象とした観察研究(文献2)の患者背景を比較したものです。後者は約4071人の退役軍人を対象に,血圧と生存の関連を解析した後ろ向きコホート研究です。HYVET研究では治療群で一次エンドポイントである脳卒中リスクが低下し,死亡リスクも低下しましたが(図1),後ろ向きコホート研究ではむしろ血圧がコントロールされている群では血圧が低いほど死亡リスクが高いと報告され(図2),積極的な治療に疑問が呈されました(140/90mmHgを目標に降圧して,死亡リスクが高まるということではありません)。確かに収縮期血圧110未満では生存日数の中央値が短くなっています。この二つの研究の結果は決して矛盾するものではないし,降圧が有害であることを示唆するものでもないですが,それぞれの結果の解釈に関して患者背景の違いを知ることが重要です。

 HYVET研究(A)およびOatesらの観察研究(B)における患者背景の差
  A B
平均年齢 83.6 82.6
男性 40% 96.6%
達成血圧 144/80 148/72
2型糖尿病 6.8% 24.8%
脳卒中既往 6.7% 17.7%
冠動脈疾患合併 11.5%(心血管疾患全体,心筋梗塞既往は3.1%) 40.5%
心不全合併 2.9% 17.9%

図2 Oatesらの観察研究における収縮期血圧と生存との関連(文献2より改変)
ボックスは生存日数第一,第三四分位点,ボックス中の横のラインが中央値。中央値は収縮期血圧130-139mmHgで最長となるが,それ以下ではむしろ短縮される。

二つの研究の患者背景の違い

 HYVET研究では,まずすべての降圧薬を中止し,プラセボを服用させています。この時点で薬剤を中止できない患者さんは研究に参加できないことになります。このことが,合併症を有する患者が少ない原因と推定されます。そして2か月のプラセボ投与を行った上で,収縮期血圧が160-199mmHgの患者さんを選択しています。さらに,起立時の血圧が140mmHg以上という基準を設けることで,起立性低血圧の患者さんを除外しています。したがって,「2か月のプラセボ投与が可能な」,しかし「無投薬では血圧が十分に高い」「起立性低血圧のない」,つまり「結局高血圧以外は比較的健康な」患者さんが対象になるのです。このような患者さんは,降圧が安全でかつ心血管イベントリスクを下げる可能性が高いのではないでしょうか。

 一方,後ろ向きコホート研究では,退役軍人病院などで高血圧と診断された記録を有する80歳以上の患者さんを,基本的に除外は行わず解析の対象としています。退役軍人ですから,ほぼ男性という制限はありますが,患者背景は80歳以上で高血圧と診断されている患者さんがどの程度合併症を有しているかを反映しており,その点で一般的な患者背景と言えます。ただ,高血圧よりも合併した心血管疾患で通院している可能性が高く,降圧治療そのものの妥当性(いわば降圧治療の「効能」ですね)を評価する研究としては適当ではないかもしれません。収縮期血圧120mmHg未満の予後が悪いのも,補正が不可能な,合併する心血管疾患を反映しているからとも考えられます。

 このように,それぞれの研究の患者背景を読むと,RCT(ランダム化比較試験)では選択された患者を対象としているが故に外的妥当性が低く(患者が一般的ではない),観察研究は現実の診療を反映しているという意見も出てくると思います。しかし,これらはどちらも重要な研究であり,結果なのです。

 高齢者高血圧RCTの嚆矢としてよく引用されるSHEP研究においても,当初スクリーニングしたのは45万人あまりでしたが,結局試験に参加したのはわずか4700人程度でした(文献3)。特に,それまで降圧治療を受けていた患者さん19万人のうち試験に参加したのは1593人です。この試験もプラセボ対照試験なので,SHEP研究もいろいろな事情でプラセボを服用することが可能であった「特殊な」患者さんしか参加できなかったことになりますね。

 しかし前回も述べたように,従来降圧することが標準ではなかった患者さんを対象とした試験ですから,「治験」の意味合いもあり,仕方のないことだと思います。そして,結果については一貫性があり,他のRCT研究などの高齢者高血圧患者を対象とした臨床試験や大規模なメタ解析の結果などと矛盾しません。試験結果の信頼性再現性は高いわけです。むしろ,SHEP研究やHYVET研究の結果をどのような患者に適用していくか,どのような患者には適用すべきでないかについては,高齢高血圧患者を診察しているわれわれが貢献できる(すべきである)観察研究において,答えが出ると思います。

つづく

:例えば,治験におけるGCP(Good Clinical Practice;医薬品の臨床試験の実施の基準)。賛否両論があるが,欧米ではすべての臨床試験がGCPのような規制の対象になる。

参考文献
1)Beckett NS, et al, for the HYVET Study Group. Treatment of hypertension in patients 80 years of age or older. N Engl J Med. 2008;358(18):1887-98.
2)Oates DJ, et al. Blood pressure and survival in the oldest old. J Am Geriatr Soc. 2007;55(12):383-8.
3)SHEP Cooperative Research Group. Prevention of stroke by antihypertensive drug treatment in older persons with isolated systolic hypertension. Final results of the Systolic Hypertension in the Elderly Program(SHEP).JAMA. 1991;265(24):3255-64.

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