医学界新聞

連載

2009.06.08

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第10回 〕

風邪の階段:あいす,あなりしす,ありがとうございます

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2829号よりつづく

 第9回は,一過性の「風邪」で終わらず,長期にわたる丁寧な経過観察を要する疾患として,溶連菌感染後急性糸球体腎炎を取り上げました。「風邪」は基礎疾患を持つ患者にとっても大敵で,心機能,呼吸機能,肝機能,腎機能,耐糖能に不全がある場合,容易に増悪を来します。繰り返す「風邪」により,時に階段状に,時に急激に,非代償期/終末期に陥っていきます。


■症例

Tさんは65歳・男性。大手電気機器メーカーを5年前に退職。現在の楽しみは3歳の孫と遊ぶこと。「その孫にうつされた夏風邪が,いつまでたっても治らない」。生来健康。飲酒歴,喫煙歴なし。

ビニュエット(1)
B病院内科にて

24か月前に孫に「夏風邪」をうつされて以来,体調が悪い。疲れやすく,昼寝が習慣となった。18か月前,半年でベルトの穴が2つ小さくなった。食欲あるが,すぐ満腹になり,食べ過ぎると下痢した。このため,B病院内科を受診。体温36.2℃,血圧122/76mmHg,脈拍78/分。呼吸数記載なし。肝脾腫,出血斑,浮腫なし。Hb 10.6g/dl,Hct29.2%。歩行正常,振戦認めず。便潜血陰性。検尿:潜血-,蛋白1+。担当医は「貧血があるので,しっかり食事してください」とだけ説明。12か月前より,立ちくらみ,ふらつき,手足のしびれが出現。妻に「顔が腫れている」と言われた。6か月前より,咳が気になり,声が嗄れ,何事にも根気が続かなくなった。

鑑別診断は?

 「治らない風邪」の訴えですが,症状が多彩です。熱はないようですが,不明熱の扱いに準じて,感染,膠原病,悪性腫瘍から考えてみましょう。ウイルス性,自己免疫性の肝炎による肝硬変は見落としたくありません。また,結核と血管炎の可能性は常に残しておきます。悪性腫瘍については,原発巣の部位を示唆する症状に乏しいため,固形腫瘍よりも,多発性骨髄腫,リンパ腫などの血液腫瘍を優先して検索します。エネルギー水準の低下が顕著なので,内分泌性,代謝性疾患を積極的に疑います。内分泌性では,甲状腺機能低下症,慢性副腎不全,下垂体機能低下症。代謝性では,年齢を考慮し,アミロイドーシス。倦怠感を中心とする多彩な全身症状に,間質性肺炎,サルコイドーシス,収縮性心外膜炎,肥大型心筋症,肺高血圧症などの呼吸循環系疾患が潜むこともあります。最後に,Tさんの経過はうつ病にも矛盾しませんから,うつ病の既往と生活(特に家庭)環境の変化を把握します。

ビニュエット(2)
C医療センター 循環器外来

4か月前,Tさんは孫に鼻風邪をうつされた。その回復期,激しい左前胸部痛が生じ,C医療センターを受診。身長168 cm,体重59 kg。動作緩慢。体温35.8℃,血圧80/60mmHg,脈拍58/分,呼吸数18/分。頸静脈怒張,III音,肝腫大,両下腿浮腫あり。黄染なく,表在リンパ節触知せず。胸部レントゲン上,心胸郭比62%,胸水あり。心電図上,I度房室ブロック,肢誘導で低電位,V1~V3にQS pattern,V4~V6に陰性T波。心臓超音波で,心筋輝度上昇(granular sparkling)と求心性両室肥大(心室中隔厚16mm)を認めた。EF=56%,拡張障害あり。全周性に心膜液貯留あり,心腔内血栓は認めず。緊急入院となったが,酸素投与のみで胸痛は消失した。C医師は,冠動脈造影は施行せず,血液と尿の検査を施行。翌日,骨髄と腹壁脂肪の吸引生検を施行。5日後,C医師は,Tさんと奥さんに,全身性・細胞免疫性アミロイドーシス(AL type)の診断を告げた。

翌日の回診時,Tさんは孫が差し入れた桃のアイスをおいしそうに食べていた。退院時,C医師は「家庭での生活をしっかり楽しんでください」と伝えた。自宅では臥床がちであったが,孫に絵本を読み聞かせたりして過ごした。

冠動脈造影を施行しなかった理由は?

 65歳・男性が激しい左前胸部痛を訴え,V1~V3でQS pattern,V4~V6で陰性T波を認めていれば,通常,急性冠症候群を筆頭に疑います。しかし,C医師は,「心筋肥厚+輝度上昇+拡張障害+心膜液貯留」の超音波所見に基づき,心アミロイドーシスの臨床診断を下しました。アミロイドーシスは,全身諸臓器にアミロイド蛋白が沈着し,不可逆的機能障害を生じるコンフォメーション病です。Tさんのように,65歳以上,収縮期血圧90未満,心不全症状ありの布置は端的に予後不良で,どのような治療も病悩期間の延長にしかならない可能性があります。C医師は,冠動脈造影も心内膜心筋生検も治療方針と予後を変えないと判断し,最小限の検査を施行しました。

 アミロイドーシス診断の第一段階は生検です。通常,(1)腹壁脂肪,(2)胃または直腸,(3)腎が選択されます。その結果,(1)ヘマトキシリン・エオシン染色でピンク色の均一無構造物,(2)Congo red染色で橙赤色を示し,偏光顕微鏡で観察すると緑色複屈折を示す,(3)電子顕微鏡で幅8~12nmの分枝のない線維状構造を認めれば,第二段階は免疫生化学的手法による前駆体蛋白の同定です。ALアミロイドーシスは免疫グロブリン(M蛋白)の軽鎖が単クローン性に増殖している状態で,まず血液/尿のimmunofixation electrophoresisを施行します。多発性骨髄腫を合併する場合があるので,必要があれば,骨髄における形質細胞の異常増生の有無を生検観察します。

ビニュエット(3)
C医療センター 循環器病棟


ある日,C医師はTさんの奥さんから「夫を入院させてほしい」と連絡を受けた。入院したTさんは横臥がつらく,日中もベッドサイドテーブルに起座位で突っ伏していた。血圧70/50mmHg,脈拍46/分,心音減弱。夜間不眠解消のため,酸素投与を開始。食事は辛うじて飲水のみ。C医師は,奥さんに面会・付き添い・食べ物持ち込みの自由を伝えた。3日後の23時,ナースステーションのモニターが鳴り,看護師が心室細動波形を見た。病室で,Tさんが白眼を剥いて,けいれん。看護師が胸骨を1回叩打すると,治まった。酸素を全開で投与し,呼吸と頸動脈の触知を確認。Tさんは小さな声で「ありがとう」と応えた。零時をまたぎ,家族全員が集まった。孫が「ジジ,パンダみたい!」と笑った。Tさんは「よしよし,ジジはパンダだ」と笑顔で孫を抱いた。奥さんがC医師に「アイスを食べたいといっていますが……」と囁いた。C医師は医局の冷蔵庫にアイスを取りに行き,奥さんにそっと渡した。Tさんは孫といっしょに桃のアイスを食べた。2時間後,Tさんは安らかな眠りについた。

「パンダ顔」の原因は?

 アミロイドーシスには出血傾向が合併します。機序はDICや血小板減少症ではなく,(1)血管壁にアミロイドが沈着して脆弱となる,(2)アミロイド沈着臓器にX,VII,IIなどの凝固因子などが吸着され,凝固能が低下。この2つです。Tさんの「パンダ顔」はraccoon-eyes sign(眼窩周囲出血斑)と呼ばれ,咳やくしゃみ,眼をこすったりするだけで生じることもあります。

ALアミロイドーシスの診療

(1)「多彩な全身症状」の鑑別にアミロイドーシス。腎・心・消化管・末梢神経にまたがる症状が診断の決め手。
(2)多発性骨髄腫に合併することが多いので,その検索は必須。
(3)診断後の余命は無治療で12か月,心不全があれば4か月。死因は心アミロイドによる不整脈死が最多。

 今回取り上げたALアミロイドーシスを含め,「全身性」アミロイドーシスは中枢神経を侵しません。これに対し,アルツハイマー病,プリオン病などの脳アミロイドーシスは中枢神経だけを「限局性」に侵します。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その10

分析のない総合は浅薄で実体がなく,総合のない分析は生の現実にそぐいません。分析(analysis)と総合(synthesis)は,双方が補完し合い,はじめて全一に機能します。

調べてみよう!

1)心臓超音波所見における「拡張障害」とは何か? どう定量評価されるか?
2)前駆体蛋白,原因,遺伝性に基づくアミロイドーシスの病型分類
3)ALアミロイドーシスの治療:melphalan,dexamethasone,prednisone,自己末梢血幹細胞移植

つづく

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