医学界新聞

連載

2009.05.11

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第9回 〕

温故知新

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2825号よりつづく

 第8回は,ギラン・バレー症候群に学びました。数日で治るはずの「下痢風邪」が,数か月から数年に及ぶ闘病生活を患者に強いて,麻痺による車いす生活といった後遺症さえ残すのでした。「風邪」の急性,劇症の転帰について十分学習したら,次は,亜急性から慢性の経過への目配りです。


■症例

s君は17歳の高校生。「ここ2-3か月,顔がむくみ,体のだるさが抜けない。また,コーラ色の尿が続いている」。生来健康。服薬なし。

ビニュエット(1)
C医科大学附属病院にて

s君と同姓の腎臓病学S教授は,A内科小児科医院(血尿精査依頼)とB協同病院(慢性腎炎精査依頼)からの紹介状を読み,緊張しているs君を迎え入れた。3か月前,咽頭痛と発熱のため,3日間,学校を休んだ。現在,発熱,関節痛,腹痛,下痢,嘔気,嘔吐,腰痛,排尿痛,体重変動を認めない。診察上,咽頭発赤と扁桃腫大はなく,両側の眼瞼と下腿に軽度の浮腫を認める。心音,呼吸音に問題なく,リンパ節腫脹,関節腫脹,肝脾腫,筋把握痛,紫斑,不随意運動なし。

S教授は,新鮮尿を顕微鏡でのぞき,赤血球と赤血球円柱の存在を確認。緊急で施行した尿定性検査と血液検査(CBC; Na,K,Cl,Cre,BUN,TP,Alb,CK,AST,ALT,LDH,T-Bil; ASO,ASK; CH50,C3,C4)の結果を一瞥。溶連菌感染後急性糸球体腎炎の病名を告げ,病態と対処法を,s君と同伴した母親に30分かけて説明した。また,その日に栄養士による腎炎食指導を受講できるよう手配した。最後に,2週後,4週後,3か月後,6か月後,1年後の外来受診と検査の予約を入力し,「勉強がどんなに忙しくても,必ず,受診するように」と念を押した。

S教授は病態をどう評価したのでしょうか?

 まず,「浮腫+全身倦怠感+コーラ色の尿」の布置は,必ずしも腎疾患に固有ではありません。急性肝炎,慢性肝炎の急性増悪,肝不全でも,浮腫と全身倦怠感が出現します。コーラ色の尿も,肝細胞障害→直接ビリルビン上昇→ビリルビン尿で説明できます(連載第3回「肝腎要の風邪の勘」参照)。肝脾腫を診察したのは,咽頭痛,リンパ節腫脹を呈する伝染性単核球症(EBV)を鑑別に入れたからですね。

 次に,赤血球と赤血球円柱が陽性なので,血尿と診断。尿定性検査で蛋白-,ビリルビン-,ウロビリノーゲン±であったため,急性糸球体腎炎症候群を疑い,原因として最も頻度の高いA群β型溶血連鎖球菌感染(以下,溶連菌感染)を仮定。すでに急性期を脱していますので,迅速診断キットや培養は意味がありません。溶連菌感染では,感染後1週から抗streptolysin O抗体(ASO)と抗streptokinase抗体(ASK)が上昇し,3-5週でピーク,6-12週で正常化します。また,nephritis-associated streptococcal antigen(=plasminogen receptor)により補体第2経路(alternative pathway)が活性化されるため,CH50とC3が低値となり,正常化に6-8週間を要します。それゆえ,溶連菌感染後を疑う場合,ASO,ASK,CH50,C3は診断に有用です。

 鑑別診断として,血尿が遷延すればIgA腎症,低補体血症が遷延すれば膜性増殖性糸球体腎炎を考えます。腎外随伴症状を認めれば,Henoch-Schonlein purpura,ループス腎炎,血管炎などの全身性疾患を射程に入れます。溶連菌感染がネフローゼ症候群を惹起することはまれですが,ほかの原因によってネフローゼ症候群を来している可能性もあります。したがって,全身浮腫と尿蛋白が著明な場合,血清アルブミン値と1日蛋白量を同定します。

ビニュエット(2)
A内科小児科医院にて

(s君の診察を終えたS教授は,23年前の自分,すなわち,S君を思い出した。)S君は高校1年で最下位群の成績。担任から「大学進学はあきらめろ」と言われた。高校2年,目標を持って友人と楽しく勉強するようになり,毎晩深夜3時まで勉強した。その冬1月,38℃台の発熱,頭痛と全身倦怠感が生じ,喉が痛み,食物を飲み込むことも苦痛となり,2-3日,寝込んだ。鏡を見ると,咽頭が燃えるように真っ赤で,顎の下のリンパ節が腫れて痛かった。鼻汁,咳,嘔気,嘔吐はなかった。A内科小児科医院を受診すると,「風邪」と診断され,5日分の総合感冒薬だけを渡された。数日で症状は消え,勉強に明け暮れる生活に戻った。

この段階で行うことは?

 突然の発熱,激しい咽頭痛,咽頭粘膜の発赤,前頚リンパ節の腫脹を伴うことから,溶連菌感染を疑います。今日では,この段階で,咽頭拭い液を採取し,抗原迅速診断キット(感度90%以上,特異度95%以上)と細菌培養を施行します。鑑別診断は,かぜ症候群,インフルエンザ,伝染性単核球症,急性レトロウイルス症候群,淋菌,マイコプラズマ,ジフテリア。

 かぜ症候群に「とりあえず」抗菌薬を投与することは禁忌ですが,溶連菌感染を診断した場合には,リウマチ熱と化膿性合併症を予防し,隣人への感染を回避し,罹病期間を短縮するため,抗菌薬を投与します。第一選択はペニシリン。アレルギーがある場合,エリスロマイシンで代替。根治のため10-14日間投与を標準とします。

ビニュエット(3)
B協同病院内科を紹介受診

2月に入ると,S君は,慢性的な睡眠不足のため,起床がつらく,疲労で顔がむくんだ。また,尿がコーラ色となり,便器で泡立ち,なかなか消えなかった。A内科小児科医院を再診すると,「尿に血と蛋白が出ている」と言われ,B協同病院に紹介された。週1回,C医科大学から診療に来ている腎臓専門医は紹介状を一読すると,血液検査,尿検査,腹部超音波を依頼し,次回の診察日だけを言い渡した。2週後,検査結果から「慢性腎炎」と診断。塩分と蛋白を制限するよう指示されたが,再診予約はなかった。1年後,大学入学時の健診で検尿異常を認めず。以後22年間,血尿,蛋白尿を指摘されたことは一度もない。(S教授は,s君の姿に重ねて高校時代の自分を短く回想すると,次の患者を診察室に呼び入れた。)

正しい治療方針は?

 経過を振り返れば,S君は「慢性腎炎」ではありませんでした。溶連菌感染後急性糸球体腎炎は予後良好で,慢性化しません。最も目立つ臨床症状である血圧上昇,体重増加,浮腫はナトリウム保持が主因です。発症後1週間で利尿期が訪れ,BUN,Creの上昇も1か月で正常に復すことから,臓器不全徴候がない限り,血圧上昇に対する降圧薬の投与は不要です。また,呼吸不全,心不全を伴わない浮腫,腹水,胸水に対して利尿薬の処方は不要です。治療の柱は安静と減塩です。制限の度合いと期間の見通しを,明確に患者と家族に伝えましょう。塩漬け食品に囲まれている現代社会では,味付けに塩分を一切使わないぐらいの覚悟が必要。栄養士による給食体験,調理実習が理想的です。血尿は6-12か月で消失します。尿蛋白は病初から出現を見ない場合から,永年にわたり陽性で推移する場合まで幅があります。血尿,蛋白,腎機能障害が続く場合,慢性糸球体腎炎を疑い,腎生検による組織診断を考慮します。S教授が計画したような外来における長期の経過観察が必要なゆえんです。

溶連菌感染後急性糸球体腎炎の診療

(1)咽頭炎または膿皮症が先行。腎炎発症までの潜伏期間は,前者が1週間,後者が3週間。
(2)治療の基本は安静と減塩。呼吸循環不全がない限り,利尿薬と降圧薬は投与しない。
(3)予後は良好。蛋白尿は遷延することが多く,改善の指標にはならない。血尿,高血圧,腎機能障害が遷延する場合,専門家にコンサルト。

 A群β溶血性連鎖球菌による急性咽頭炎は,現在,5類感染症定点把握疾患ですが,この20年間,患者報告数は減るどころか単調に増加しています。劇症型溶血性連鎖球菌感染症(toxic shock-like syndrome)も認知され,溶連菌感染は古くて新しい主題です。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その九

「教科書的知識」は,臨床思考の枝葉を伸ばしていくための幹となる。折に触れて,読み古した教科書の,最新の版に立ち戻り,「古典的疾患」を学び直そう。

調べてみよう!

溶連菌感染後急性糸球体腎炎について
1)抗菌薬投与で発症を予防できるか?
2)初発治癒後,再発することがあるか?
3)将来,リウマチ性弁膜症を発症する可能性は?

つづく

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