医学界新聞

連載

2009.03.23

腫瘍外科医・あしの院長の
地域とともに歩む医療

〔 第6回 〕
看取り(3)-看取りに学ぶ-

蘆野吉和(十和田市立中央病院長)

腫瘍外科医として看護・介護と連携しながら20年にわたり在宅ホスピスを手がけてきた異色の病院長が綴る,
「がん医療」「緩和ケア」「医療を軸に地域をつくる試み」


前回よりつづく

看取りの場から学ぶことはたくさんあります。基本的な学びは,誰もが死を迎えるという事実です。看取る人は,自分にも必ず訪れる死をどのように迎えるか,あるいは死の瞬間までどのような生き方ができるのかについて逝く人から学びます。

また,看取りに参加している家族,親族,友人,知人などが一堂に集まり,それまで一緒に生きてきた過程を共に振り返ることで,逝く人のこれまでの生き方,その関係性の中で影響を受けている自分自身の生き方を再認識します。

ラストギフト――穏やかな最期

看取る-看取られる関係性の中でさまざまなドラマが展開されますが,これも学びとなります。

家族との絆の強い人は家族が必死になって大切な人を支えます。看取りの指導を行うことで非常に温かい雰囲気の中で看取りが行われます。看取りの後には涙にくれながらも笑顔がこぼれます。いい看取りをした家族はその記憶を自分の将来像に投影することで,病気や死に対する恐怖が薄れます。これをラストギフト(最後の贈り物)といいます。看取りの瞬間にも大切な贈り物があります。通常,「息を引き取る」といいますが,最後の息はしずかに大気に出てゆきます。その瞬間から顔が穏やかになり若返っていきます。顔の皺が消えてゆくのです。この「仏様」のような穏やかな顔,これがラストギフトです。

家族との絆が浅い人の看取り

家族との絆の浅い人は動けなくなった時点で家族から疎まれ,看取りの場には非常に冷たい空気が流れますが,最後に家族の涙を見ることもあります。また,看取りを通して絆が深くなることもあります。最近多く経験するのが,家族を顧みず奔放自在に生きてきた人の看取りです。特に家族から離縁状態にある人,家族のない看取りは大変です。

59歳女性,浪費癖があり子どもや兄弟に借金を残し,郷里を離れて箱根で働いていました。卵巣がんが再発しがん性腹膜炎のため食事が全く摂れない状態で外来を受診しました。当日入院し,腹水を排液し,腸閉塞状態もあったためサンドスタチンを持続静注し,その状態のままで箱根と十和田を往復していました。看取りで再入院したときに子どもや兄弟は看取りに同席することを拒否しました。しかし,肉親としてではなく過去に関係のあった一人として看取りを経験してもらいたいと息子に頼みこみ,看取ってもらいました。そして,息子の涙に対する贈り物,穏やかな顔がありました。

私たち医療者が予測できないことが在宅ではしばしば起こります。それも学びです。病院では全く食事も摂れなくなり不穏状態であった人が看取りのため自宅に戻った途端,孫が作ったうどんをおいしいと言って食べて,翌日の未明に亡くなりました。1週間持たないと考えていた人が急に元気になることもあります。いわゆる“お迎え”が来ることもよくあります。家族は本人がおかしくなったと驚き,戸惑いますが,「お迎えが来てよかったですね,これであの世で迷わなくて済みます」と説明すると納得し安堵します。

このように学ぶことが多い看取りですが,残念ながら一般の方が学ぶ機会は限られています。この限られた機会を有効に活用してもらうためには,現時点では看取りを経験することの多い医療者による適切なアドバイスが必要です。

また,私たち医療従事者の役割は,看取りのアドバイスを行うだけでなく,学びの環境を整えることにもあります。効果的な症状緩和治療を行うこと,自宅での看取りを勧めることも環境を整えることに当たります。そして,その役得として,共に学ぶ機会が与えられ,その学びを次の人に伝えることができます。誰もが一回きりの人生しか経験できませんが,私たちは多くの生き方を学ぶことができるのです。

 

 

この項つづく

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