「悼む人」のこと(井部俊子)
連載
2009.02.23
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
3年前の6月30日,「わたし」は駅南口の外壁に沿って設置されたコインロッカーの前で,親友と待ち合わせた。親友は目鼻だちのはっきりしたかわいい子で,男の子に人気があった。親友は同じ高校の制服を着た男子と話をしていた。彼女の迷惑そうな顔がみえたので,「わたし」は相手を追い払おうとして呼びかけた,と同時に,男子が自分の鞄から金属製の光るものを出して親友にぶつかってゆき,彼女は無言のまま地面に崩れ落ちた。まばたきもしない彼女の目は,涙でうるんでいた。
その後,「わたし」は「親友を守れず,自分だけ生きていることが恥ずかしくてならなかった」。学校ではしばらく彼女のことが話の中心だったが,時間の経過とともに話題に上らなくなった。「わたし」は東京の大学に合格して上京,誰にも心を開けず,友人もできないまま無為に過ごすうち,親友の一周忌が訪れた。親友の自宅で行われた法要に参加したあと事件現場に行ったが,彼女が倒れた場所には何も残っておらず,人々がせわしげに行き交っているだけだった。
家に引きこもり,死んだほうが楽だと思いながら,両親が涙ながらに説得するので,出された食事を胃へ流し込むようにして,生き延び,一年が過ぎて親友の命日が訪れた。「わたし」は,あの場所で命を断つために果物ナイフを握りしめて,夜明け前に家を出た。
ここまでが,天童荒太著『悼む人』(文藝春秋,2008年)のプロローグ前半部分である。
そして,読者である私は次のくだりで息をのんだ。
誰にも会わずに駅のコインロッカーが並ぶ場所に着きました。夜が明けてきたらしく,駅舎の背後に,縁をオレンジ色に染めた雲が望...
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