医療専門職の防御服(井部俊子)
連載
2009.01.26
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
このところいくつかの看護職が集まる会で拙著『マネジメントの探究』(ライフサポート社,2007年)に書いた「ある符合 医療専門職の防御服」をとりあげている。このテーマに関するディスカッションは実に興味深い。
不幸のルーチン化
私の問題提起はこういうことである。以前社会学者ダニエル・F・チャンブリスは『ケアの向こう側』(日本看護協会出版会,2002年)でナースの「不幸のルーチン化」について書いている。「ナースの世界,すなわち病院は,一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち,人を切り裂いている。そこでは善人が人に針を刺し,肛門や膣に指を入れ,尿道に管を入れ,赤ん坊の頭皮に針を刺す。また善人が,泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし初対面の人に服を脱ぐよう命令する。〈後略〉」。そして,「ナースとして経験を積むにつれ,これらの業務はルーチン化し,ナースの感情は平坦化していく」のであって,「看護は確かにストレスフルな仕事だが,それは一般人が考える意味でのストレスフルではない」のであり,「点滴,配薬,入浴,配膳,バイタルサイン測定,書いても書いても終わらない記録,書類,血液検体を送る――ナースの一日はこれらで埋め尽くされ,おきまりの仕事が何度も繰り返される」ことによって,「道徳など,この山のような繰り返し業務の中に埋もれてしまい,ルーチンが道徳的問題をぼやかしてしまうのである」と述べている。「そして問題はルーチンの裏側で発生する」のであるが,「スタッフにとって『倫理的問題』になるのはわずかである」という。
このことに言及して,大江健三郎は聖路加看護学会(2003年)の特別講演で,「看護の仕事は,それをまずルーチン化したものとしてやっていくことが,何よりの基本だということの確信がこの本の全体の基盤をなしていた」として,ロシア・フォルマリストによる文学理論と対比させ「端的なショック」を覚えたと語った。
「防御服」の正しい着用
その後,「不幸のルーチン化」が私の頭の中でぐるぐるまわっていたが,医療社会学者レネー・C・フォックスの論文「医療専門職における人間の条件」(『生命倫理をみつめて』,中野真紀子訳,みすず書房,2003年,pp149-174)で説明される「防御服」で合点がいったという私の“大スペクタル”を記述したのが冒頭の「ある符合」であった。
フォックスは,「看護師や医師は,情緒的に混乱する自らの仕事において沸き上がる強い感情を,意識の表層直下に押し込んでいるようです」と述べ,しかも,「こうした感情が深層にまで埋め込められていないことは,特定の状況下においてはこの感情がすぐに容易に沸き上がってしまうことからわかります〈後略〉」という。さらに,医療専門職は激しいストレスにさらされたとき,ユーモアで防護しており,このユーモアは内集団の中だけに通じる情緒的規範であるとしている。われわれは,不用意にこの「ユーモア」を外界に漏らすと不謹慎だと批判されることになる。したがって,音が漏れないような休憩室やカンファレンスルームの設計が求められる。意識のある患者の手術室も要注意だ。
さらに,フォックスは医師や看護師がその役割を演じようとするとき,「丸裸のまま」では仕事をすることができず防御服が必要であるとしたうえで,「この種の仕事を遂行するためには,彼らがある程度の距離を保って防御できる,知的で情緒的な“衣装”を開発しなくてはならないのです。ただし,彼らが獲得する防御服は,理想としては,穴だらけで透過性の高いものであるべきです。なぜなら,もし,医療専門職があまりにも隔絶した存在になったとしたら,病気を患ったり患者になったりすることを,共感的に理解する能力が,きわめて制限されるようになってしまうからです」と述べている。
私はさらにこの「防御服」の素材は,良質な専門的知識で編まれるべきであり,少なくとも専門職として相手と対峙するときは,「正しく着用」すべきであると思う。「丸裸」になるのは専門職でなくなるときである。
穴だらけで透過性の高い「防御服」によって,われわれの「不幸のルーチン化」が修正されることになろう。
*
先日,この「防御服」をまるで十二単衣のようにぶ厚く着込んでいるスタッフにどのように対応したらよいのかという相談が,ある看護管理者から持ち込まれた。
(つづく)
この記事の連載
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