医学界新聞

連載

2009.02.09

小児科診療の
フレームワーク

Knowledge(医学的知識)-Logic(論理的思考)-Reality(現実的妥当性)の
「KLRモデル」に基づき,小児科診療の基本的な共通言語を共有しよう!

【第2回】KLRモデルを用いた日常診療のススメ

土畠智幸
(手稲渓仁会病院・小児NIVセンター長)


前回からつづく

 他の科から小児科研修に来てまず思うのは,「なんかアバウトじゃない?」ということでしょう。

 「ゼイゼイしてる?」「元気ある?」と,飛び交う言葉は定義があいまいなことが多いのです。「小児科医として経験を積むしかない」と言われても,研修医の先生や他科志望の先生には無理な話です。今回は,KLRモデルという,小児科診療を初心者にもわかりやすくするために便利なフレームワークを紹介します。

■K:Knowledge/医学的知識

 これは読んで字のごとく,教科書や論文などの「情報」としての知識です。マニュアルやガイドラインもこれに当たります。今では常識となった,Up To Dateなどのデータベースもそうです。もう少し広げて考えると,先輩研修医や指導医,他の職種の人たちが持つ知識もここに分類されます。

■L:Logic/論理的思考

 Knowledgeは一般的なことについてであるのに対し,Logicは,目の前の患者さんの臨床的問題点をどのようにとらえ,どうアプローチするか,ということを考えるスキルです。

 言い換えると,患者さんの問題点に対し,どのようにKnowledgeを使っていくか,ということになります。例えば,Knowledgeにおいて「症状Aならば治療B」という情報があり,目の前の患者さんがAという症状をもっていれば,Bという治療が答えとなる,というものです。実際の臨床ではこのようにわかりやすいものから,複数の問題点が複雑に絡み合っているものまでさまざまです。

■R:Reality/現実的妥当性

 これは,「医学的ではないが,患者さんのマネジメントに影響を与えること」を意味します。

 例えば,児の状態としては入院適応はないが,家族が連日の介護で疲労がたまっているため入院,というケースや,本当はこの薬を使ったほうがよいが,保険適応になっておらず経済的にも厳しいため使用できない,といったようなケースが考えられます。

 また,研修医でよくあるのは,「点滴を変更しようと思ったが,看護師さんが忙しそうだったので言えなかった」などもここに入るでしょう。

 これらはすべて,純粋に「医学的に正しいかどうか」という点で考えるとどうでもいいことなのですが,実際の患者さんのマネジメントにおいては,非常に重要なことなのです。他の科と比べて小児科が「なんとなくアバウト」と感じるのは,実はこの部分が非常に大きいことによるのです。

KLRモデルを用いた診療の一例

 喘息で人工呼吸器管理となった既往のある5歳女児,夜10時に呼吸苦・喘鳴でER受診。「呼吸促迫は軽度で,状態としては喘息の小発作だな(K:重症度の判断,第1回参照)。普通だったら帰宅可能で外来フォローとなるケースだけど,この子は重症化するリスクファクターがあるから注意が必要だ(L:目の前の患者さんの情報をKに当てはめている)。でも,下に小さい弟がいるから母親はできれば帰宅したいと言っている(R),それに今日は小児科病棟が満床だったな(R)。こんな夜遅くに,転院してまで入院が必要なケースだろうか(R)。本当に帰宅可能かどうか,もう一度考えてみよう(L)。カルテを見直してみると,いつも夜間のERしか受診していないな。呼吸状態が悪くなったら再診してくださいと言っても,きちんと受診してくれるだろうか(L,R)。こういうケースは『治療のコンプライアンスも悪くて注意が必要』って指導医の先生が言っていたな(K,L)。よし,ERで点滴しながらもう少し様子をみることにしよう(L)。あれ,なんだか看護師さんが忙しそうだな,点滴するって言ったら怒られるかな……(R)」

 あらためて考えることはめったにありませんが,皆このようなことを考えながら診療を行っているのです。上のケースで,例えば「他院への転院が必要かどうか」ということが一番大きな問題点となるようであれば,「Logicとして,絶対に入院が必要かどうか」を考えればよいことになります。また,「Logicとしては入院が必要だが,母親がどうしても帰りたいと言っている」ということが問題になれば,「母の希望があるので帰宅」が正解ではなく,「帰宅することでの危険性をよく説明して入院してもらう」ということが必要になるわけです。

K・L・Rを身につけるには

 優秀な医学生は,Kタイプと言えるでしょう。ですが,優秀な研修医になるためには,KLタイプになる必要があります。そして,優秀な医師になるためには,KLRタイプにならなくてはいけません。なぜこんなことを考えなければいけないかというと,医学部を卒業して研修医として働くなかで,最もぶつかりやすい壁が,「自分は何がわかっていないのかがわからない」というものだからです。目の前の患者さんをよくするために,今まで勉強してきた知識を使って一生懸命考えて指示を出す。しかし指導医や看護師さんに「ホントにこれ必要?」と言われてしまう。指導医は「この患者さんにこの治療は適切?(K,L)」と聞いており,看護師は「必要なのはわかるけど,今すぐやらなきゃだめですか?(R)」と聞いているのにその違いがわからず,それが何度も続くと自信をなくしてしまう。なんとかしようと一生懸命勉強するが(K),L・Rのスキルが不十分なのでどうしてもうまくいかない。

 これまでこのような研修医をたくさん見てきましたが,KLRモデルで考えることにより,「自分は何がわかっていないか,何ができていないか」ということがわかるようになるのです。

 Kについてはとにかく勉強するしかありませんが,あらかじめすべてを記憶しておくのは無理です。そこでおすすめするのが,「引き出し記憶法・目次勉強法」です。どの情報がどこにあるのか,つまり引き出しの位置だけを記憶するのです。教科書も最初から読み始めるのではなく,目次だけを頭に入れます。何かわからないことがあれば,どの目次の部分をチェックすればいいかということだけを覚えておくのです。世界中のあらゆる情報にアクセスできる現代で学ぶべきことは,アクセスの仕方を覚えることなのです(ただし,医師国家試験に通るぐらいの基礎知識がある,という前提ですよ)。

 Lについては,自分の診療について一つひとつ理由をつけるということです。なぜこの検査をするのか,なぜこの治療がこの患者さんに必要なのか,それらをカルテに書く習慣をつけます。指導医にプレゼンするときも,「~の所見があるんですけど,どうしたらいいですか」ではなく,「~の所見があったので,~の可能性を考え,~の治療をしようと思うのですが,それでよろしいですか」というYES/NOクエスチョンにするのです。毎日の診療でそれらを心がけることで,自然とLogicのスキルが身についてきます。

 最後に,Rについては,言い換えれば「コミュニケーション・スキル」ということになりますが,これを意識して身につけることが一番難しいのです。しかしながら,すべての医師にとって,とりわけ小児科医にはとても重要なスキルです。学生さんであれば,在学中にさまざまな人と会って話す努力をしましょう。特に,医療関係でない人たちと話すことが重要です。なぜなら,コミュニケーションとは,共通の理解がない状況でそれを埋めようとするスキルだからです。研修医の皆さんは,自分のアクションについて“NO”を出されたときに,その理由を聞いてみましょう。わからないことをそのままにしておくのはよくありませんし,何がわからないかがわからないというのはもっとよくありません。

 次回からは,救急外来でよく診る症状・疾患について,前回出てきた「重症度判定」を学びながら,KLRモデルをうまく回すための基本的なツールを身につけていきましょう。

臨床判断におけるKLRモデル 軽度であればあるほど,Rを考える必要性が増す。

つづく