死ぬことはよいことである
連載
2008.12.01
名郷直樹の研修センター長日記 |
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死ぬことはよいことである
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(前回2804号)
○月□×日
人は死ぬ。当然のこと,わかりきったことではあるが,それでもなお,不思議なことだ。自分自身も必ず死ぬのである。それはひょっとしたら,1時間後かもしれないし,1日後かもしれない。あるいは10年後かもしれない。いつ死んだところで,何の不思議もないはずだ。しかし,そんなことをわざわざ考えなければ,明日もあさっても,とにかく生きているという前提で,今も生きている。不思議なことである。
自分自身,へき地の診療所で,毎年何十人という人の死に接してきた。死に接するという言い方が適切かどうかわからない。看取る,という言い方ができるかもしれない。しかし,その多くの死は,看取るという積極的なかかわりがあったわけではない。看取ったのは家族である。妻に看取られながら,夫に看取られながら,息子に看取られながら,亡くなったのである。私はその場に居合わせただけ,そういう気がする。
そこでの死は,日々の日常としてあり,別に不思議なものではない。もちろん病院での死しか経験せずに,卒後3年目で診療所に赴任した私にとって,その日常性こそが不思議であったわけだが,そうした不思議さはいつしか薄れ,そこでの私の仕事は,死亡確認をし,死亡診断書を書く,という医師としての日常業務のひとつに過ぎなくなった。
しかし,死に対して今感じている不思議さは,そうした過去の死の経験とはまったく違うところにあるような気がする。自分自身が死ぬことについての不思議さである。あるいは,自分自身が死なないことの不思議さ,といったほうが正確かもしれない。さらには,自分が生きていることの不思議さ,ということかもしれない。生きていることが不思議,死ぬのは普通。生きているざま,その生きざまなんてのは,不思議というより,むしろひどいもんだ。生きざまの「ざま」は,「ざまーみろ」の「ざま」である。それからすれば,死ぬというのは,なかなかのことではないか。
「死ぬことはよいことである」,無茶を承知でそう言ってみる。そうすると,なんだかそんな気がしてくる不思議さ。そう書いてみて,最近テレビで見た話を思い出す。
ある小学校の授業で,かつて豚を育て,食べる,という授業が行われた。それが今度映画化されるらしい。みんなで一所懸命育てて太らせたまではいいが,いざ食べるとなると,とても食べられない。食べるか,食べないかで,学級会が大変な論争になる。もうみんな泣き出して,それは大騒ぎ。中には,食肉センターに持っていって,誰だかわからない人に食べられるより,自分たちで食べてやることが,育てた豚にとって最も良いことだ,などという意見も出る。しかし,大勢は食べられないという意見である。最後の決断は,担任の教師に委ねられる。教師も感情がコントロールできない。涙ながらに言う。「みんな,もうこれだけ話し合ったんだから,もういい。先生が決める。豚は食肉センターに送ります」と。
そんな話につながって,沖縄の離島でヤギを飼いながら診療している後輩の話を思い出す。ヤギの名前はメアリーという。島の人に,「名前なんか付けて,ヤギに名前なんか付けちゃいけない。食べられなくなるだろ」と言われたとか,言われないとか。島の人は,ヤギを食べるために飼うのである。しかし,診療所の医師は,もらったヤギを食べるためではなく,ただ飼うために飼っているのである。メアリーなんて名前までつけて。そう言えば,小学校の生徒たちも,豚のことを「ピーちゃん」とか,何とか呼んでいたような。
それで終わらず,またもうひとつ思い出す。ジャングル大帝レオ,手塚治虫のマンガである。その最終回。山でヒゲオヤジとレオが遭難する。ヒゲオヤジが,レオを食って生き延びる。そんな結末だったような気がする。すごい結末だ,そう思っていた。しかし,自分の感想は,案外小学校の学級会レベルだったかもしれない。
3つの事件がなんとなくひとつになる。なっていないかもしれないが,この際一緒にしてしまう。
「死ぬのはよいことである」
なんといっても,日常ヤギを食ってる島の人々が,死について最もよく知っている。それは間違いない気がする。小学生も,担任教師も,診療所医師も,そして手塚治虫さえも,島の人たちにはかなわない。死について何も知らない。ましてや医師は,小学校の学級会以下かもしれない。死について知ることができない,むしろそれが医師である。
(次回につづく)
本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。 |
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