「天気の悪いときこそ晴れやかな顔をする」のは無理だ
連載
2008.09.08
名郷直樹の研修センター長日記 |
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「天気の悪いときこそ晴れやかな顔をする」のは無理だ
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(前回2792号)
暑さもだいぶ緩んできた。空が晴れ渡ってもそれほど暑くはない。むしろ雨がうっとおしい。とりあえずこれを書いている今は曇り。空は曇り,そのせいではないだろうが,ろくなことはない。心は土砂降り。そうでもないか。まあ天気のせいにでもして乗り切れたら,それはそれで結構なことだ。
秋の長雨。実は梅雨時より9月の方が降水量が多いらしい。雨が降るといつも思い出す言葉がある。「天気の悪いときこそ晴れやかな顔をする」,アランの幸福論の言葉である。実はこの本を読んだことはない。別な本で引用されているのを読んだのである。それも30年近く前のこと。たぶん,寺山修司の幸福論である。
曇りや雨が続くと,もういい加減,晴れやかな顔には無理がある。ふざけるな。天気が悪いときには,すべて天気のせいにしてしまえ,そんな気分。そこでまた何か唐突だが,寺山修司につながって思い出す。
マッチ擦るつかの間の海霧深し身を捨つるほどの祖国はありや
そんないい顔ができるか,ふざけるな,という気持ちは,いったいどこへ向けられているのか。国か,世界か,宇宙か,あるいは自分自身が所属する組織か,家族か,それとも案外自分自身に対してか。
自分自身に対して,身を捨てるほどの自分ではないというのであれば,その方がかえって生きられる。実際そうして生きているのだ。逆に身を捨てるほどの自分があるというなら,その自分に殉じて死んでしまうかもしれない。ただ,自分自身が身を捨てるほどの自分というものがありうるのかどうか。しかし,それがありうると思えるような事件に出くわす。多くの人はもう忘れてしまったかもしれないけど,線路に飛び込んだ乗客を助けようとして,死のうとしていた乗客は助かり,助けた警官が亡くなった。そんな事件が実際にあった。これはいったいどういう事件なのか。死ぬに値すべき,自らが殉ずることのできる自分は,自分をも殺してしまう。よい人は死んでしまうということか。自分を捨てるに値する自分のために,自分を捨てる。なかなか理解するのが困難だ。
そんなことは,自分にはそれこそ死んでもできそうにないことは明らかだ。ましてや,どんな立派な祖国であろうとも,身を捨てることなんかできそうにない。自分が望むのは,身を捨てるどころか,祖国に寄りかかりたいのだ。税金を払ってるんだから何とかしろよと。まあそれはそれでいいんだけど。
でもこのところ天気は毎日のように雨。晴れやかな顔ができるかどうか。身を捨てるほどの祖国。どこでどうつながっているのか,自分でもよく分からないけど。
祖国とは何か。あまりぴんと来ない。丹谷古屋市西区新道町6丁目,もう今はそんな住所はないんだけれど,そこが祖国か。隣はおもちゃ問屋,反対側がタクシーの営業所,裏はプレハブ建ての建物の葬儀屋,向かいは玩具菓子の問屋街。今はもう何一つ残っていない。ただプレハブだった葬儀屋が,...
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