医学界新聞

連載

2008.05.12



レジデントのための
日々の疑問に答える感染症入門セミナー

〔 第2回 〕

病棟での発熱へのアプローチ(1)

大野博司(洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科,トラベルクリニック)


前回よりつづく

 今回は,入院患者の発熱にどうアプローチすればよいかを一緒に考えていきます。

■CASE

誤嚥性肺炎治療開始後も発熱が持続する長期臥床の80歳男性

現病歴 認知症があり,嚥下障害および寝たきりの長期施設入所中の80歳男性。3日間続く発熱・食思不振で救急外来受診し,誤嚥性肺炎の診断にて一般内科に入院加療となった。総合診療科チーム(研修医,指導医)はアンピシリン・スルバクタム(3g×2/日)を抗菌薬として選択,口腔ケアを行いながら治療したが,1週間経過しても酸素化不良(酸素3L/分)および37℃台の微熱が持続。入院時の喀痰培養からはセラチア,MRSAが少数陽性。血液培養2セット,尿培養は陰性。多剤耐性菌の可能性も考えられ発熱評価で感染症科コンサルト。
身体所見 体温37.2℃,心拍数78,不整,呼吸数12,血圧110/62(普段も同様)。全身状態: コミュニケーション不能だが顔色は入院時と変わりない。頭目耳鼻喉: 口腔内汚染軽度,心臓: I・II音正常,収縮期雑音,以前と変化なし,胸部: 呼吸音左右差なし,打診上鼓音,両背側に軽度ラ音あり,腹部: 平坦・軟,圧痛・腫瘤なし,肝脾腫なし,直腸診で前立腺を触れない,四肢: 浮腫,皮疹,チアノーゼなし。点滴刺入部発赤・腫脹なし。
検査データ(コンサルト時) Ht25%; 白血球10,000/μL(80%好中球,15%桿状球,5%リンパ球); 血小板160,000/μl; ヘモグロビン8.5g/dl,BUN/Cre18/1.2,血糖・電解質に異常なし,CRP4.5; 喀痰グラム染色: 少量の多形核白血球,口腔内常在菌,貪食はっきりせず,胸部X線: 右下葉に軽度浸潤影
 ※採血データは,入院時と比べ白血球・CRP上昇のみみられそのほかは変わりなし。レントゲン上も増悪・改善傾向ともになし

■市中感染同様,発熱・白血球数・CRPだけで感染症診療をしてはいけない!

 上記のケースに対して以下の2人の医師のアプローチをみてみましょう。

医師A 熱と酸素化不良が持続,胸部レントゲンの反応も悪い。喀痰培養からは耐性菌,病院内感染菌による肺炎が疑われ,白血球上昇とCRP上昇もそれを裏付ける。“強い”抗菌薬のカルバペネム系メロペネムに変更し,重症肺炎として加療を継続としよう。

医師B (1)入院後バイタルサインに大きな変化がないこと,(2)Top to Bottomアプローチ(第1回参照)で呼吸器系にフォーカスがあるだろうこと,(3)口腔内汚染と既往から誤嚥のリスクがあること,(4)呼吸器以外に目立った感染フォーカスは考えにくいこと,(5)喀痰からセラチア,MRSAでありスペクトラム外の抗菌薬投与にも関わらず状態が悪化していないこと,の5点を確認。

 カテーテル類の挿入なく,いわゆる「病院内感染症“6”(MEMO(1))」のリスクは低い。入院前の認知症,嚥下障害を考慮すると誤嚥性肺炎の診断での治療は間違っていなかった。抗菌薬投与量も高齢者でCcr<50程度なので妥当だろう。

 持続する発熱,低酸素血症の鑑別で,感染症ならば症状持続期間が長いため肺膿瘍や膿胸合併,結核を考えよう。セラチア,MRSAはコロナイゼーションの可能性が高い。喀痰グラム染色,抗酸菌染色追加,胸部CTで評価を行う。また細菌性肺炎で経過が良くも悪くもならないということは通常ないので,口腔内常在菌が起因微生物となる市中の誤嚥性肺炎に対してアンピシリン,スルバクタム使用は妥当であり継続しよう。状態は改善しないが待てるので,非感染症の鑑別を進めるほうが妥当だろう。「肺野浸潤影をきたす非感染症“7”(MEMO(2))」を考え,微熱が持続する場合の鑑別診断(表1)を頭に入れよう。

<MEMO(1)> <MEMO(2)>
病院内感染症“6”
 (1)病院内肺炎,(2)偽膜性腸炎,(3)カテーテル関連血流感染,(4)カテーテル関連尿路感染,(5)経鼻胃管関連副鼻腔炎,(6)手術創部感染の6つは特に病院内感染症として重要である。

 入院患者の発熱の原因が感染症であるとした場合,必ず上記6つを考慮する必要がある。詳細は次回で取り上げる。
肺野浸潤影をきたす非感染症“7”
 (1)うっ血性心不全,(2)肺塞栓,(3)肺腫瘍,(4)肺胞出血,(5)薬剤性肺臓炎,(6)急性呼吸促迫症候群ARDS,(7)原疾患として肺病変(間質性肺炎,COPDなど)の増悪

※肺炎の治療を行っても改善しない場合,常に肺野浸潤影をきたす非感染症上記7つを鑑別する。“治らない肺炎”でのコンサルトで意外に多い。

表1 微熱が持続する場合の鑑別診断
(1)感染症 気管気管支炎(誤嚥を繰り返すケース,気管切開されているケース),創浅部感染,褥創感染(慢性骨髄炎を含む)
(2)非感染症 無気肺,脱水,抗菌薬起因性下痢,ライン刺入部静脈炎,深部静脈血栓症

 経過としては,発熱持続するもバイタルサイン,酸素化増悪がないため,まずはFever workup3点セット(胸部レントゲン,血液培養2セット,尿一般沈渣と尿培養)を提出。肺膿瘍・膿胸の検索で胸部CT,非感染症のチェックで下肢静脈エコー,肺血流シンチ,心エコーを行った。

 胸部CTに問題なく,心エコーで軽度右心負荷所見,下肢静脈エコーで大腿静脈に血栓,肺血流シンチで多発する欠損像あり。肺塞栓の診断で,ヘパリン3000単位静注後,12000単位持続静注/日したところコンサルト翌日には解熱した。Fever workup3点セットも陰性のため肺塞栓による発熱の診断となった。アンピシリン・スルバクタムはトータル10日間投与で終了となった。

 

 特に医師Bの,(1)入院データの収集,(2)感染症と同様に非感染症としての鑑別診断の広さ,(3)抗菌薬を変更するかどうかのタイミングの決定,(4)白血球数・CRPは参考程度に考える,の4点に注目してください。

 白血球やCRP,良質でない培養結果にとらわれたり,むやみに耐性菌を心配するだけの,入院後の非感染症への十分な鑑別プロセスを無視した感染症診療は終わりにしよう。

■入院患者の発熱評価ではコンサルトまでの丁寧なデータ収集が大切!

 まずは患者さんの背景を知るために基本情報をチェックすることから始めます。ポイントは表2の通りです。これら1つひとつを入院中の発熱評価では常にルーチンにチェックすることをおすすめします。

表2 入院中の発熱評価でチェックするポイント
1)入院した原疾患,患者さんのADL
入院した原疾患およびその合併症から発熱の原因を探る(胆石胆嚢炎で入院→胆嚢炎再発)。ADLが低い場合,それによる感染症のリスクも上がる(例:寝たきり→褥瘡,皮膚軟部組織感染症のリスク↑,深部静脈血栓のリスク↑)。

2)病歴と入院後の経過(特に入院日数)
入院期間が長ければ長いほど,病院内感染で問題となる耐性菌(MRSA/MRSE,“SPACE+α”など)を起因菌と考える必要がある。

3)入院中のインターベンションの種類とその日時
病院内感染症として重要なインターベンション(手術を含む)に関連した感染症を考えるうえで重要。

4)現時点で投与されている薬剤(静注,内服,輸血を含む)
薬剤熱や薬剤性高体温,また輸血後発熱を考えるうえで重要。

5)現時点で挿入されているライン,異物とそれらの最終交換日時
カテーテル関連血流感染を考えるうえで重要。

6)既往歴
既往歴で慢性の心疾患や神経疾患,肝疾患,腎疾患,呼吸器疾患があると感染症が起こった場合重篤になる可能性があること,また各疾患ならではの感染症を考えるうえで重要(脳梗塞後遺症による誤嚥→誤嚥性肺炎,慢性呼吸不全→COPD急性増悪など)。

7)手術歴
解剖学的異常により感染のリスクが上がる(脾摘→侵襲性肺炎球菌感染,胆管空腸吻合術→胆管炎,肝膿瘍,尿路変更・回腸導管→複雑性尿路感染)

8)アルコール/たばこ
大酒家では入院後のアルコール離脱が問題になるほか,喫煙歴は呼吸器関連の感染症や術後の肺炎のリスクとなる。

9)免疫状態は正常か,免疫不全状態か
患者さんが免疫抑制の状態にあるかどうかでターゲットにすべき微生物が大きく変わる。具体的には細胞性免疫不全(HIVやステロイド投与など),液性免疫不全(骨髄腫など),好中球減少症(化学療法による),皮膚・粘膜バリアの障害(熱傷や化学療法など)。

10)今まで使用した抗菌薬の種類・期間・投与量
今までの抗菌薬でカバーできていない微生物が現在の感染症の原因になっている可能性を考えるきっかけとなる。

11)今までに提出された培養の種類・結果・感受性
培養結果・感受性は抗菌薬選択のうえで非常に重要となる。

12)入院中の発熱時の体温,その前後での処置,バイタルサイン(特に心拍数),悪寒戦慄の有無
発熱時の状態により高熱が持続しているのか間欠的なのか,侵襲的な処置との関連で鑑別を考えるヒントになる。高熱+比較的徐脈は薬剤熱が疑える。

Take Home Message

●病院内での発熱評価では,患者背景,原疾患,入院後の経過,デバイスのチェック,入院中の抗菌薬治療歴,各種培養結果の評価,など診察・検査までにやっておくべき情報収集は思いのほか多い。
●診察ではTop to Bottomアプローチを使った病歴,身体診察から感染フォーカスを探すとともに,感染症として病院内感染症“6”を意識する。またそれ以上に“非感染症”の可能性を常に考慮する。

つづく

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