ICU/術後の発熱患者へのアプローチ(1)(大野博司)
連載
2008.06.09
レジデントのための
日々の疑問に答える感染症入門セミナー
〔 第3回 〕
ICU/術後の発熱患者へのアプローチ(1)
大野博司(洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科,トラベルクリニック)
(前回よりつづく)
今回は,前回に引き続き入院患者の発熱――とくに術後のICUセッティングでの発熱のアプローチについて勉強したいと思います。
■CASE腹膜炎術後に両側肺野浸潤影を伴い呼吸状態が悪化した60歳男性現病歴 60歳男性が急性腹症でER受診,大腸穿孔による急性汎発性腹膜炎で左半結腸切除術およびストーマ造設された。術後気管内挿管のまま全身管理目的でICU入室。周術期は中心静脈カテーテル,動脈ライン挿入の上,カテコラミン,輸血,新鮮凍結血漿使用あり,抗菌薬はメロペネム(1g×3)投与。術後4病日にカテコラミン中止,血行動態安定するも慢性肺疾患のため人工呼吸器管理継続された。術後ミダゾラムで鎮静(3日目まで),フェンタニルで鎮痛。5病日に再度発熱,酸素化不良が進行しコンサルトあり。既往に肺気腫,糖尿病。身体所見 体温39.7℃,心拍数114,呼吸数28(人工呼吸器設定SIMV+PS-FIO2 0.6,TV500,IMV6,PS10,PEEP8),血圧100/50。全身状態:不穏で苦悶様,頭頚部:経鼻胃管・気管内チューブ挿入あるも問題なし,心音正,雑音なし。胸部:両肺野ラ音聴取,挿管チューブから粘稠な喀痰分泌物あり,腹部:平坦・軟,創部発赤・腫脹・熱感なし,ドレーンからの排液は日ごとに減っている。尿バルーン挿入あるも尿量・色調問題なし,下痢なし,四肢:冷汗なし。皮疹なし。CVライン刺入部発赤,腫脹なし。 検査データ Ht29%;白血球15,200/μL(80%好中球,8%桿状球,11%リンパ球,3%単球),血小板9×104/μl,CRP6.2;Na130,K4.2,Cl99,HCO3-14,BUN45,クレアチニン2.2;肝機能正常,胸部X線:両肺野浸潤影,両側胸水;喀痰グラム染色で多量の白血球と小型グラム陰性桿菌;心エコーで心機能正常だが下大静脈はやや張っている |
■ICU,術後の発熱患者では,白血球数・CRPのみの感染症診療は絶対しない!
上記のケースに対して以下の2人の医師のアプローチをみてみましょう。
医師A ICUで術後の発熱と酸素化不良が進行し,胸部レントゲンで浸潤影のため肺炎が起こっている。カルバペネム系のメロペネムを使っているが改善しないので,βラクタム以外にかえてみよう。ニューキノロンのシプロフロキサシンと「困ったときのテトラサイクリン系」ミノサイクリン併用へ変更しよう。白血球数とCRPを毎日測定して変化を見ていこう。この抗菌薬の組み合わせで効かなかったら仕方ない。
注:シプロフロキサシンとミノサイクリンは,腹腔内嫌気性菌カバーができていない!
医師B 以下の7点を確認しよう。
(1)術後バイタルサインの急激な悪化
(2)Top to Bottomアプローチ(第1回参照)で感染症として呼吸器系にフォーカスがあること
(3)術後創部,CVライン刺入部,尿バルーン,経鼻胃管があり,そこをフォーカスとする病院内感染症(表参照)に十分注意する
(4)喀痰から小型のグラム陰性桿菌のため,緑膿菌など耐性グラム陰性桿菌による人工呼吸器関連肺炎(VAP)を想定して抗菌薬を選択する。当院のアンチバイオグラムによるとカルバペネム系以上にペニシリン系のピペラシリンおよびアミノ配糖体は緑膿菌への感受性が高い
(5)原疾患である腹膜炎術後の創部感染,術後リークによる腹膜炎はどうか
(6)「発熱」「胸部ラ音」「膿性痰」「白血球上昇」「胸部X線で新たな浸潤影」よりVAPを第一に考えているが,非感染症〔うっ血性心不全,肺塞栓,肺腫瘍,肺胞出血,薬剤性肺臓炎,急性呼吸促迫症候群ARDS(Acute respiratory distress syndrome),原疾患としての肺病変(間質性肺炎,COPDなど)〕でも同様の所見が得られるため,鑑別診断に挙げる(第2回参照)。その中でも状態が悪くARDS併発の可能性は常に念頭におこう
(7)ミダゾラムが2日前に中止されているためベンゾジアゼピン離脱による発熱も可能性は低いが非感染症として考えておこう
感染症としては現時点では,1)人工呼吸器関連肺炎,2)腸管穿孔からの腹膜炎,があり前者の起因菌はグラム染色から耐性グラム陰性桿菌(MEMO(1))――緑膿菌など,後者の起因菌はグラム陰性桿菌――腸内細菌科と菌交代による耐性グラム陰性桿菌,横隔膜より下の嫌気性菌――バクテロイデスがあげられる。現時点では耐性グラム陽性球菌(MEMO(2))の関与は低いだろう。
<MEMO(1)> | <MEMO(2)> | ||
|
表 コンサルト時常に考えるべき病院内感染症“6”の診断・治療 | |
|
またカテーテル関連血流感染も鑑別するが,現時点では中心ラインは必須なため血培結果次第で抜去・入れ替えを考慮。腸管リークについても積極的に疑う根拠がなくカンジダなどの真菌カバーは必要ないだろうが,外科的にドレナージ・デブリドメントを早急に必要とする病態として術前の腸管穿孔からの腹腔内膿瘍形成も可能性は低い。
そのため,抗菌薬はこの2つの感染臓器をカバーし,アンチバイオグラムも参照し,状態としては“後がなく”,“重症のグラム陰性桿菌感染症”なのでピペラシリン・タゾバクタム+アミカシン併用へ変更。培養結果で抗菌薬のde-escalationを考慮しよう。
また厳密な全身管理が必要なため,外科主治医と相談しICU医師の協力のもと循環・呼吸管理も優先しよう。
特に医師Bの(1)バイタルサイン・状態を重視,(2)感染症と同様に非感染症の鑑別診断,(3)抗菌薬を変更するかどうかのタイミングの決定,(4)抗菌薬選択にあたっての感染臓器・起因微生物の想定,(5)感染臓器をしぼった検査オーダーとFever workupの仕方,(6)感染症治療とともに全身管理の徹底,の6点に注目してください。
■VAPおよび腹膜炎カバーと全身管理の徹底
その後の経過は,VAPおよび腹膜炎カバーでピペラシリン・タゾバクタム+アミカシンへスイッチ。ICU医師と相談し,Surviving sepsis campaignで推奨される早期目標志向型の輸液・昇圧剤管理とし,人工呼吸器管理については再度鎮痛・鎮静を行い,低一回換気量・十分なPEEPを使ったVolume Controlモードへ変更。厳格な血糖コントロール,腎不全でもあり血管内容量の厳密な管理のためCHDF(持続式血液濾過透析)導入など全身管理を徹底させた。
また検査としてFever workup3点セット((1)血培2セット,(2)胸部レントゲン・喀痰培養・グラム染色,(3)尿一般・沈査,尿培養)を提出し,肺炎,ARDS合併の検索で胸部CT,腹腔内膿瘍形成の否定で腹部造影CT,非感染症のチェックで下肢静脈エコーを行った。
胸部CTで両下肺野に区域性の浸潤影あり。ARDS・肺塞栓否定的であり,下肢静脈エコーで大腿静脈に血栓なし。腹部CTも腹水貯留・膿瘍形成なし。Fever workup3点セットは喀痰培養で緑膿菌(ピペラシリン・タゾバクタム,アミカシンに感受性あり),血液・尿培養陰性であり,また創部培養陰性のため,緑膿菌によるVAPが最終診断。4日後に血行動態,呼吸が安定したためピペラシリン・タゾバクタムのみ継続した。治療薬に徐々に反応し,途中気管切開が必要となったもののCHDF,人工呼吸器を無事離脱し入院20日目にICU退室となり,現在一般病棟でリハビリ中心の生活となった。
今回のケースで注意すべきポイントについては,次回詳しく解説します。
(つづく)
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