数は陶酔である
連載
2008.04.07
名郷直樹の研修センター長日記 |
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数は陶酔である
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(前回2772号)
△月○×日
へき地診療所を離れて6回目の春である。また新しい研修医たちがやって来る。これまで医学部を出たばかりの(一部出たばかりでない人もいるが)何十人もの研修医がやって来た。人数を数えてみる。1年目5人,2年目11人,3年目16人,4年目20人,5年目21人,そして今年13人,全部で86人。
別にこんなことを書きたくて書き始めたんじゃないんだけど,突然思い出したフレーズがある。誰だっけ? ボードレール?
数は陶酔である
数を数えるというのは,陶酔するためである。非常によくわかる。6回目の春である,すでにここからして,数は陶酔である。ああ,医師になって22年,今年の夏には47歳である。血圧は138/88,総コレステロールは221mg/dl。もうわけがわからない。わけがわからない,つまり陶酔,とにかく陶酔である。どうしてそんなに陶酔したいのか。研修医も同じだ。今日の当直は救急車10台だった。受け持ち患者は10人を超えた。もう40時間働き続けている。これもまた陶酔。
数というのは中立である。きわめて共通性が高い。私がこれは3個だといえば,他の人も3個である。5個であれば5個である。私がこれまで来た研修医は73人だと言えば,別に私にとってでなくても,誰にとっても73人である。それが食い違うことはない。足し算を間違えない限り。しかし中立であるような,誰にとっても食い違いのないような数を問題にしている限り,本当の陶酔は得られない。こんな数のレベルではまだまだ陶酔が足りない。さらにどんどん陶酔したくなる。これが数は陶酔であるということの意味だ。きりがない。
医療費32兆円というのはどうだ。かなり陶酔度が高い。GNP400兆円というのはどうだ。これはもっと陶酔度が高い。みんなそこまで行きたいのである。数えられなくなるまで。あの星までは1000兆光年だよ。そんな星はないか。しかし,そんな実在しない星まで想像できるし,それ以上行きたいのである。頭の中では,無限ということを考えることができる。無限,ここまで行ければ,数は陶酔である,ということも終わる。でも無限ということは,そこまで行き着かないということである。つまり陶酔は終わらない。
有限の脳が無限を考えられるということはいったいどういうことか。いんちきくさい。これも数は陶酔であるということの,根拠のひとつに数えられる。
まだどこかの地域では,数を数えるときに4以上を数えることはなく,4以上はたくさんという言葉しかない民族があると聞いた。ブッシュマン? 記憶が定かでない。かなりいい民族のような気がする。陶酔の必要がない世界だ。そう考えると,すでにもう1年目でたくさんの研修医が来た。そのあともうずっとたくさん。それくらい大雑把に考えられれば,...
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名郷直樹の研修センター長日記(終了)
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