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第3257号 2018年1月22日


行動経済学×医療

なぜ私たちの意思決定は不合理なのか?
患者の意思決定や行動変容の支援に困難を感じる医療者は少なくない。
本連載では,問題解決のヒントとして,患者の思考の枠組みを行動経済学の視点から紹介する。

[第6回]行動変容の考え方を応用する 対象者に応じたコミュニケーション

平井 啓(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)


前回よりつづく

行動変容しない理由は人それぞれ

看護師 年齢的にもそろそろ乳がん検診を受けておいたほうがいいですよ。まだ受けたことないですよね。なぜ受けないのでしょうか?
患者A 乳がんは怖いので,検診に行かなければいけないのはわかっています。どうやって受けるのか調べないといけないですね。でも面倒で,仕事も忙しいし,ついつい後回しになってしまうんです。
患者B 乳がんは怖いけれど,マンモグラフィ検査が不安だし,検診でがんが見つかってしまうのはもっと怖いんです。だからがんや検診のことはあまり考えないようにしています。
患者C 私は大きな病気になったこともなく健康なので,乳がんにはかからないと思います。だから検診に行く必要はないと思っています。

 「乳がん検診を受診しない」といっても,その理由は人によりさまざまなように見えます。このような人たちを「乳がん検診を受ける」という行動変容に導くにはどうすればよいのでしょうか。行動的・心理的背景から分類し,前回紹介した「行動変容」の理論を活用したコミュニケーションのヒントを探ります。

行動の5つのステージ

 がん検診の受診は健康行動の一つであり,検診を受けていなかった人が検診を受けるようになることは一つの行動変容と考えることができます。

 行動変容に関する最も有名な理論に,トランスセオレティカル・モデル(Transtheoretical model;以下,TTM)が挙げられます1)。この理論では,行動を「何もしていない」「何かを始めた状態」の2つではなく,以下の5つのステージに分けています。行動変容のステージは1つずつしか上がることができず,またステージごとに必要な介入方法が違うとしています。

前熟考期(無関心期) 「(変化に対して)ほとんど関心がない」
熟考期(関心期) 「関心があるが実際の変化はまだ先だと思っている」
準備期 「関心があり準備中である」
実行期 「新しい行動を始めたばかり」
維持期 「行動変容を継続している」

 われわれの研究グループでは,TTMや他の行動変容の理論を応用し,自治体のがん検診事業に対する住民の行動と心理的特徴を明らかにする調査を行いました2)。そして,その特徴から対象者をいくつかのグループに分け(セグメンテーション),受診を勧める(受診勧奨)ためのメッセージをグループごとに用意・送付し,乳がん検診の受診率が向上するかを調べる地域介入研究を行いました3)。対象者の特徴ごとに介入を変えるこのような方法をテイラード介入と呼びます。

 乳がん検診の対象者にインタビュー調査と質問紙調査を行った結果,検診の継続受診者(TTMの維持期に相当),未受診者ながらすでにいつどこで検診を受けるかを決めている実行意図者(TTM準備期),そして冒頭の例で挙げた患者A,B,Cのような3つのタイプの未受診者が存在することが明らかになりました。

行動的・心理的背景からセグメントに分ける

 患者Aは,検診に行くつもりはある,すなわち計画意図は持っています(TTM関心期)。患者BとCは,行くつもりがない,すなわち計画意図を持たない人たちです(TTM無関心期)。さらに,Bが検診に行かない理由は「がん検診でがんが見つかることが怖い(がん罹患への恐怖・不安が高い)」であるのに対して,Cは「自分はがんにならない(がん罹患への恐怖・不安がない)」です。BとCを分ける要因は「がんへの心配(Cancer worry)」と呼ばれる心理学的な概念です。

セグメントの特徴に応じたコミュニケーション

 われわれの地域介入研究では,患者A,B,CをセグメントA,B,Cとし,タイプに応じて異なるメッセージを含んだ受診勧奨リーフレットを作成しました()。Aはすでに関心は持っているステージなため,検診受診手順のフローや連絡先を明記し,実行意図を高める内容としました。Bには,「日本人女性の20人に1人(当時)が乳がんになる」という罹患可能性を示しつつ,「乳がんは早期のうちに発見して治療をすれば90%治る」という受診の利得を積極的に示しました。Cには,Bと同様に罹患可能性を示しつつ,「発見が遅れ,手遅れになることもある。毎年1万人以上の日本人女性が乳がんで命を落としている」という受診しないことの損失を明確に示し,さらにX線写真を使用して深刻さを強調しました。

 乳がん検診受診行動に関する行動的・心理的背景とテイラードメッセージ(クリックで拡大)

 BとCへのメッセージの違いは,本連載第3回(第3245号)で解説したフレーミング効果を期待したものです。Bのようなタイプには,罹患可能性を最初に明確に示すことで参照点を「現状維持」から「がん罹患」に移し,その上で「がんが進行する」と想定する参照点に対する検診受診(行動変容すること)の利得を示すポジティブフレームの使用が効果的だと考えられます。これに対して,Cのタイプは平均的な人と比べて,利得状況においてよりリスク愛好的で,損失状況においてはよりリスク回避的であることがわれわれの別の研究4)で明らかになっています。そのため,「現状維持」の参照点に対して,検診を受けないこと(行動変容しないこと)による損失を明確に示すネガティブフレームが効果的であると考えられます。

 セグメントに応じて異なるメッセージを送るテイラード介入と,自治体で使われていた一律のメッセージを送るコントロール群を比較した結果,テイラード介入群(19.9%)の方がコントロール群(5.8%,Odds ratio 95%信頼区間:2.67-6.06)に比べて受診率が有意に高いことが明らかになりました3)

 行動変容を目的としたかかわりで重要なことは,「なぜ目的とする行動を取らないのか?」について丁寧な質問をすることで,行動的・心理的背景を把握することです。特に,患者BとCの違いは,「検診を受けるつもりがありますか?」という質問だけでは,「受けるつもりはありません」という同じ答えが返ってくるため,判別できません。Bに対してネガティブフレームを用いると,がんに対する恐怖・不安を高めてしまい,より受診に回避的になる可能性があります。

 対象者のステージやセグメントの特徴を把握することができれば,それに応じたポジティブフレームとネガティブフレームの使い分けなど,コミュニケーションを工夫できます。

今回のポイント

●行動変容のターゲットとなる対象者は,異なる行動変容のステージや,異なる行動的・心理的背景のセグメントに属していることがある。どのようなステージ,セグメントなのかについて,丁寧な質問で把握する必要がある。
●ステージやセグメントの特徴が明らかになれば,それに合わせて効果的なコミュニケーションの方法を探る。対象者の参照点に応じて,ポジティブフレームとネガティブフレームを使い分ける。

つづく

参考文献
1)J Consult Clin Psychol. 1983[PMID:6863699]
2)Psychooncology. 2013[PMID:23661593]
3)BMC Public Health.2012[PMID:22962858]
4)平井啓, 他.乳がん検診受診行動におけるセグメンテーションと行動経済学的特徴の関連. 第23回日本行動医学会学術総会プログラム抄録集;p75,2017.

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