医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第3252号 2017年12月11日



第3252号 2017年12月11日


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第156回〉
身体抑制ゼロへの道のり

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 2017年11月初旬の土曜日,私は北陸新幹線「かがやき」に乗り金沢を訪れた。急性期病院で身体抑制ゼロを実現したとして注目されている金沢大学附属病院(病床数838床)の看護部長・副病院長である小藤幹恵さんに会うためであった。

 金沢大学附属病院の広々とした玄関ホールに立ち,見上げるとお花畑の描かれたパノラマスクリーンがあり,10時を告げるオルゴールハート時計からは童謡「みかんの花咲く丘」のメロディーが語りかけるように時を告げた。

「今,やらなければ未来永劫できません」

 看護部長13年目となる小藤さんは看護管理者として円熟していた。

 始まりは精神科病棟であった。2013年,行動制限を最小化する試みを開始。師長交代もあって,2014年には小藤部長は「身体抑制を減少させよう」と病棟師長に伝えた。「ためらいながら」であったという。人が人を縛るという行為はどういうことなのかに小藤さんはとらわれていた。言い換えると,小藤部長は「人が人を縛る」ことをなんとかしなければならないという観念に“抑制”されていたのである。

 精神科病棟では,抑制した患者に褥瘡ができた。自分で訴えることができない人に抑制をしているのではないかという疑念が生じた。また,一般病棟の廊下を歩いていると,看護師が「抑制帯を借りてきたから~」と言っている。小藤部長はこの声に衝撃を受けた。

 小藤部長が身体抑制をなくそうという施策に本格的に着手したのは2014年であった。これには伏線があった。2008年,7対1入院基本料を算定するために180人もの看護師を大量採用した。あれから6年が過ぎ,彼女たちは中堅看護師となっていた。小藤部長は師長会でこう宣言した。「今,やらなければ未来永劫できません」と。

 身体抑制減少化への試み開始の初年度はやや消極的であった。「抑制を早くやめよう」「抑制はしないでおこう」といった院内発表がみられるようになったものの,根底には「抑制は仕方がない」という認識がスタッフにはあった。

 身体抑制減少化への取り組みの2年目,年度始めの師長会で,小藤部長はしかけた。「今年度の目標は,身体抑制を〈激減〉させることです。〈時は今〉です」と師長たちを鼓舞した。「激減とはなんですか」と師長たちが聞いてきた。「アウトブレイクの反対です」と答えた。

 10月の中間面接は大きな成果があった。各病棟の師長は,看護部長や複数の副看護部長に囲まれるなか弁明した。「抑制はしないようにしています……」「抑制ゼロはできない……」等々。「掲げた目標を達成しよう」と小藤部長は励ました。さらに,「患者にはどのような変化が現れているのかを,できるだけ数字でわかるようにしてほしい」と伝えた。

 優れた師長はみるみる実績を挙げた。最初はうまく説明できなかった師長も2年目に入るとめきめきと変わった,と小藤さんは言う。「求められていること」に向き合う力をつけ,師長同士の横の助け合いが実を結んだ。

 こうして,金沢大学附属病院では2016年2月に,一般病棟・精神科病棟で身体抑制ゼロ,その年の12月に集中治療室でも身体抑制ゼロを達成した。小藤部長は次のようなメッセージを院内誌の「臨床看護検討会誌」(7巻1号,2016年)に残している。「各看護チームが,その道のりで乗り越えたものとその力を患者さんの快や苦痛・不安の少なさに活かし,患者さん自身の未来に開かれた力を押し上げるバネに変えていっていることが,毎日の看護の中に見えます。最前線で,患者さんと,心とこころで向き合い喜びにつなげている,かけがえのない素晴らしい看護のチーム,そしてメンバーに心から敬意を表します」。

張り巡らされたしかけ

 こんなエピソードを,小藤さんは私に教えてくれた。「眼科病棟で白内障の手術をした87歳男性のことです。その病棟はセンサーマットもゼロにしていました。彼は認知症があり,全裸になったり放尿したり,ベットの上を歩き回ったりしました。“大変だったら縛ってください”とお嫁さんが言われたのですが,看護師たちは縛りませんでした。ひと晩に4回も全身清拭をしました。2日目はそれが3回になり,5日目の夜は全身清拭はなしで静かに休むようになったのです。看護師たちはユマニチュードの技法を学び,実践しました」。

 小藤さんの看護管理は面白い。超過勤務を減らすための施策をみてみよう。以前は1人当たり月平均24~25時間であった超過勤務が,現在は4時間になった。以前は,「新人の指導に時間がかかるから超過勤務になる」と言っていた師長に,「新人研修期間で新人が不在の日も残業時間が変わらないではないか」と問うと,「動き回ってくれる新人がいないから残業が減らない」と気付いて,新人看護師の価値を再発見したのです,と。

 超過勤務を減らすために,小藤さんは「定時終了コンテスト」を10年間続けている。このコンテストに毎年150万円の賞金を用意する。「残業代に比べたら安いものです」と笑う。初めは疑心暗鬼だったスタッフを「ゲームだから1週間やってみて」と促す。そのうちに病棟単位で競い始めることになる。稼いだ賞金で病棟の皆が楽しむ。

 常勤看護職員離職率が7%に減り,退職の理由も変わったと小藤さんは言う。夫の転勤でドバイに行くといったはっきりした理由がある人以外,訳のわからぬ退職がなくなった。小藤さんは「もし金沢に戻ってきたらまた就職してください」と伝えることを忘れない。

 6人の副看護部長のポジションのうち2つは師長が3年交代で経験するという策も,看護管理者を育てるのに効果を挙げている。

 身体抑制ゼロという「奇跡の看護」は,「張り巡らされたしかけ」という看護管理総体の成果なのである。

(つづく)

連載一覧