ものごとの頼み方の作法――三顧の礼(井部俊子)
連載
2018.01.22
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
その昔,ある会合のあとの洗面所で手を洗っているとき「あら,井部さん。うちの大学に来てくれない?」と某大学の学部長に笑顔で声を掛けられた。私は返答に詰まった。そして内心,絶対に行くまいと思った。と同時に,ものごとの頼み方の作法があるのではないかと思った。
最近もこんなことがあった。ある研修プログラムを開講するために人選を頼まれたので,候補者Aを推薦した。プログラム責任者はAに依頼文をしたため,メールで就任を依頼した(依頼の内容を私はC. Cで見た)。しばらくして,「あの人事は断られました」と私にメールで報告があった。プログラム責任者は,一度もAに会うことなく“この話”を終結しようとしていた。
もうひとつのエピソードがある。看護部長が病棟師長に,「B病棟が多忙なのであなたの病棟のスタッフをリリーフで出してくれないか」と“電話”で頼んだが,「うちも忙しい」と断られた。いずれもメールや電話で依頼しており,簡単にコトがうまくいかないことを依頼者は経験している。
三顧の礼
そこで今回のテーマは,ものごとの頼み方の作法を考えることにした。ここで私の脳裏に浮かぶのが「三顧の礼(さんこのれい)」である。三顧の礼は中国の三国時代に由来する故事成語で,目下の者に対しても礼を尽くして迎える,という意味がある。
中国の後漢時代,劉備という将軍が軍師を探していた。あるとき諸葛亮という男の噂を耳にする。諸葛亮は賢才であったが,出世に興味がなく田舎でひっそりと暮らしていた。劉備が使いの者を送って頼んでも首を縦に振らなかった。すると,劉備は自ら説得しようと諸葛亮の家に出向くが,このときは留守であった。日を改めてまた出向いたが,この日も留守であった。そして三度目に出向いたときには家にいたものの,諸葛亮は昼寝をしていた。劉備の部下は怒って諸葛亮をたたき起こそうとしたが,劉備はこれをいさめて,彼が起きるのを待っていた。目を覚ました諸葛亮は,劉備が自分のために三回も出向いてきたことに感激し,その要望に応えた。このことから,身分の低い者を最高の礼儀をもって迎え入れることを「三顧の礼で迎える」と呼ぶようになったのである。
「説得の心理学」が示す6原則
三顧の礼をイメージして,現代社会における「ものごとの頼み方の作法」を考えてみよう。劉備が三度出向く,つまりフェイス・トゥー・フェイスで会うということが肝心である。現代はメールや電話などの手段があるから,留守かどうかはあらかじめ知ることができる。「面談したい」という申し込みをして,いつ,どこで会えるかはメールや電話で確定することができよう。時間をとって,相手を訪ね,会うことが誠意の示し方のひとつである。
これに加えて,劉備は諸葛亮が起きるまで待ったが,現代社会のものごとの頼み方でも,相手の決断をしばらく「待つ」ことが必要であることがわかる。
では,相手に対面してどのように「説得」したらよいのか。「説得の心理学」と題された論文1)によれば,説得には6つの原則がある。
1)好意を示す……人々は好意を示してくれた相手の説得に応じる。
2)心遣いを怠らない……人々は親切な行為を受けると,それに応えようとする。
3)前例を示す……人々は自分と似ている相手に従う。
4)言質を取る……人々ははっきりと約束したことは守る。
5)権威を示す……人々は専門家に従う。
6)稀少性を巧みに利用する……人々は自分にないものを求める。
そして実践するに当たっては,6つの原則を組み合わせて用いるべきとされる。
*
ものごとの頼み方の作法を経験則とするために,自分自身がどのような説得でイエスと返事したのかを意識しておくとよい。私の経験ではやはり「三顧の礼」は効き目がある。最近も私はこれで説得された。
(つづく)
参考文献
1)ロバート・B・チャルディーニ.「説得」の心理学.マネジャーの教科書――ハーバード・ビジネス・レビュー マネジャー論文ベスト11.ダイヤモンド社;2017.pp.97-119.
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