認知症の生命予後と終末期,どう判断する?(関口健二)
連載
2017.04.03
ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス
高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。
[第13回]認知症の生命予後と終末期,どう判断する?
関口 健二(信州大学医学部附属病院/市立大町総合病院 総合診療科)
(前回よりつづく)
症例
8年前に認知症と診断された85歳男性が誤嚥性肺炎で入院となった。半年前にも肺炎で入院歴あり。週3回デイサービスを利用。排泄にはリハビリパンツを使用しており,尿失禁あり。寝室から居間への移動にも介助を要する。仙骨部にI度褥瘡あり。家族にDNARの話題を提起すると「今までずっと元気でしたから,そこまで考えたことがありませんでした」と困惑気味。
ディスカッション◎認知症の生命予後は?
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認知症の終末期を知るには,まず認知症の自然経過を理解する必要がある。認知症は決して“年のせい”ではない。多くは数年から10年程度の経過で徐々に生活機能が低下していき,ついには死に至る疾患,との認識が大切である。長期の生命予後を示したMölsäらの観察研究でも,認知症の診断から14年間生存した患者はアルツハイマー型認知症(AD)でわずか2.4%,血管性認知症(VaD)では1.7%である1)。にもかかわらず,経過が長期にわたるために家族らが気付いていないことも多く,まず医療者が「どの程度進行した認知症なのか」を判断することが重要である。
病型によって生命予後は異なるが,絶対的関係ではない
認知症であることに気が付いたら,次は認知症の病型を理解したい。認知症と言っても,病型によって進行スピードや生命予後は異なるからである。一般的な傾向として,ADは進行が緩徐で生命予後が良好とされており,AD,VaD,レビー小体型認知症(DLB),前頭側頭型認知症(FTD)の順に生命予後は悪くなっていく2)。わが国の久山町研究においても,診断からの10年生存率はADで18.9%,VaDで13.2%,混合型で10.4%,DLBで2.2%と同様の傾向を認めている3)。
しかしながら,病型と生命予後は絶対的な関係ではないことに留意しておきたい。認知症の生命予後に関してはさまざまな研究結果があり,発症からの生命予後の中央値は3~12年(多くは7~10年),診断からの生命予後は3~7年(発症から正確な診断までに約3年かかることを反映)と幅が広い4)。このように多様性があることが認知症の特徴であり,予後予測を難しくしている要因でもある。また,診断から2年以内に死亡した認知症患者の解析研究では,ADが最も多く43%,続いてFTD 18%,VaD 13%,DLB 10%とばらつきがあり5),ADだからと言って必ずしも緩徐な経過をたどるとは限らないことも押さえておきたい。本研究において,2年以内に死亡した患者群の診断時の臨床的特徴は,緩徐進行群と比較しても大きな差異がないことが示されており,生命予後の判断は経過の中で行っていくことになる。
認知症の生命予後に影響する因子はさまざま
認知症の病型の他に生命予後に影響する因子として,発症年齢,性別(男性),認知症病期および生活機能低下が複数の研究で挙げられている2,4)。
◆発症年齢
当然のことながら,高齢患者群の余命は短くなる。Wolfsonらの研究では,登録時の平均年齢が83.8歳と高齢であり,診断からの生命予後の中央値は3.3年と非常に短い6)。Brookmeyerらの研究では65歳時に診断された群の生命予後は8.3年,90歳時に診断された群では3.4年であった7)。いずれもAD患者のみを対象とした観察研究であるが,診断時の年齢によって生命予後は変わるのである。ただし,同年齢の非認知症者と生存期間を比較すると,90歳では39%の短縮であるのに対し,65歳では67%もの短縮を認める点には注意したい7)。
◆性別(男性)
性別については研究によってさまざまな報告がされているが,男性で生命予後がより短いとするデータが多く,臨床現場での感覚とも合致する。
◆認知症病期,生活機能低下
認知症の病期理解には,ADの病期分類であるFAST(Functional Assessment Staging)8)が有用である。FASTの各段階(各自参照のこと)を見ると,それは生活機能低下の進行であることに気が付くだろう。物忘れから始まり,手段的ADLが障害され,基本的ADL(着脱衣,入浴,排泄など)が障害されるとFASTスケール6,つまり高度認知症に至っている。病期別の良質な疫学データは乏しいものの,高度認知症の生命予後が1.4~2.4年であったとする系統的レビューがある9)。
認知症の終末期判断の大切さ
さらに進行すると,喋らなくなり,歩けなくなり,表情が失われ,食べられなくなっていく。何をもって終末期と見なすかは臓器不全患者と比べてより不鮮明であるかもしれないが,米国ホスピス適応基準(生命予後の中央値が6か月以下の患者,表)10~12)が判断の一助となるであろう。そしてその項目の中に,過去1年間の誤嚥性肺炎や腎盂腎炎などが含まれていることに注目したい。実際,スウェーデンでの調査によると,AD患者の半数以上が呼吸器疾患によって死亡している13)。また,高度認知症患者に肺炎や発熱(腋窩37.2℃以上)が生じると,その約半数は6か月以内に死亡したというデータもある14)。そして,患者の生命予後が6か月以下であることと終末期に起き得る合併症について家族が理解している場合,死亡前の3か月間に侵襲性のある処置を受ける割合が著減する(OR=0.12)ことも示された14)。
表 認知症の米国ホスピス適応基準10) |
※FASTスケールの順序通りに進行していない認知症患者での予後予測は不正確との報告がある11)。ナーシングホーム入居中の高度認知症患者を対象にした予後予測ツールではあるが,ADEPT score(各自参照のこと)がより正確であるかもしれない12)。 |
診断し治療することを仕事としてきたわれわれ医療者は,肺炎などのエピソードに対して過剰な介入を行いがちなことに自覚的であるべきである。目の前の患者の生命予後はどの程度か,終末期に当たるのか,終末期であれば治療のゴールは何なのか,常に自問しながら診療を行うことが,患者・家族の思いに沿ったCareのための第一歩である。
症例その後
入院初期に軽度せん妄を発症したものの,誤嚥性肺炎はその他の合併症なく軽快し,時々むせを認めるも摂食良好となった。歩行は困難で車いす生活となった。退院前に家族を含めて多職種カンファレンスを開催。退院後の環境調整・食事指導を行うとともに,今後の見通し(高度認知症から終末期への移行期にあり生命予後は月単位であること,肺炎や発熱エピソードが反復する可能性,摂食障害進行の可能性など),治療のゴールについて協議し,今後も協議を継続していくこととした。
クリニカルパール✓認知症は死に至る疾患である。
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一言アドバイス●非がんの終末期医療が注目される中,認知症もその対象となる疾患の一つである。まず医療者側が,患者が終末期に近い状態だと認識することは,治療ゴールに関して議論し適切な治療を提供する上で非常に重要である。(狩野 惠彦/厚生連高岡病院) ●認知症患者にとって環境やルーチンの変化は大きなストレスである。「次に感染症が起きてしまったら,救急搬送や抗菌薬は差し控え,症状緩和および家族との時間を優先する」というプランは決して非道徳的ではなく,拘縮や治る見込みのない褥瘡などで日々苦痛のある場合は,むしろ合理的かもしれない。(玉井 杏奈/台東区立台東病院) |
(つづく)
【参考文献】
1)Acta Neurol Scand. 1995[PMID:7793228]
2)BMJ. 2008[PMID:18187696]
3)J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2009[PMID:18977814]
4)Int J Geriatr Psychiatry. 2013[PMID:23526458]
5)J Alzheimers Dis. 2016[PMID:27104894]
6)N Engl J Med. 2001[PMID:11297701]
7)Arch Neurol. 2002[PMID:12433264]
8)Psychopharmacol Bull. 1988[PMID:3249767]
9)Int Psychogeriatr. 2012[PMID:22325331]
10)J. S. Ross, et al. Hospice Criteria Card. 2013.
11)Am J Hosp Palliat Care. 1999[PMID:10085797]
12)JAMA. 2010[PMID:21045099]
13)Eur J Neurol. 2009[PMID:19170740]
14)N Engl J Med. 2009[PMID:19828530]
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