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第3222号 2017年5月8日


ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第14回]胃瘻を適切に使うには?

玉井 杏奈(台東区立台東病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 79歳男性,脳梗塞により右不全麻痺,嚥下障害,認知機能低下を来して入院中。経鼻栄養をしながらリハビリ中だが,経口摂取を確立できるほどの状態ではないまま2週間が経過した。そろそろ胃瘻を検討する時期かと考えている。


ディスカッション

◎高齢者に胃瘻を造設した場合のメリット,デメリットは?
◎高齢者における胃瘻の適応は?

 胃瘻造設の目的は大別して長期的な経腸栄養と胃内の減圧である。同様の目的で用いられる経鼻胃管は胃瘻と比較して潰瘍形成や鼻出血などのリスクが高いため,30日未満の使用が望ましい1)

 医療者が胃瘻に期待するメリットは,栄養状態の改善,余命の延長,投薬ルートの確保,褥瘡の予防・治療,消化管通過障害による症状の軽減などであるが,実状は適応疾患により異なると言える1)。例えば嚥下障害に対しての胃瘻栄養を経鼻栄養と比較すると,致死率,体重増加量,上腕周囲径などのベースラインからの変化量に違いはないが,胃瘻栄養のほうが介入を継続できる率が高く,QOLへの影響が少ないことがわかっている2)

 デメリットについては,手技による痛み,感染症や皮膚トラブルといった合併症,逆流や自己抜去のリスク,メンテナンスのための身体的・経済的負担,介護負担に加え,経鼻栄養よりは少ないもののQOLへの影響が挙げられる1)

各疾患群における胃瘻の位置付け

高度認知症
 高度認知症患者の嚥下障害に対する胃瘻栄養は,その後1年以内に約半数が亡くなり,余命の延長効果はない3)。一方で自己抜去の危険性があり,その場合は胃瘻の再挿入,再造設のために新たに病院を受診する必要性や,身体的・経済的負担が生じることとなる。身体的・化学的拘束が行われ,結果としてさらなる廃用や褥瘡につながることもある。また,患者の同意が得られないままに手技が行われがちである1, 3)。米国のChoosing Wiselyキャンペーンでも,老年医学会をはじめとした複数の学会が「高度認知症において胃瘻は推奨されず,少量でも慎重な食事介助による経口摂取の継続のほうが望まれる」としている4)

脳血管疾患
 虚血性脳梗塞の場合,高齢,中大脳動脈領域,大きな病巣,意識障害などがあると,胃瘻造設が必要となるリスクが高くなる5)。出血性脳梗塞の場合も高齢,出血量>30 mL,意識障害が胃瘻造設の予測因子である6)

 脳梗塞後の嚥下障害に対しての胃瘻栄養は,経鼻栄養と比較して治療を継続できる率が高く,消化管出血が少なく,アルブミン値が保たれるが,致死率には差がない7)。脳梗塞による嚥下障害を生じた患者のうち75%は発症後3か月以内に嚥下機能が回復することも留意すべきである8)。経時的に嚥下機能の再評価を行い,可能であれば経口摂取に切り替えていくと良いだろう。若年でADL改善のスピードが速く,急性期病院入院中にADLが改善している場合,経口摂取が再開できる見込みが高い9)

悪性腫瘍
 頭頸部腫瘍や消化管腫瘍の治療に当たり,栄養の確保や通過障害による症状緩和のために,一時的に,あるいは永久的に造設するケースがある1)。ステージや治療方針により意味合いが大きく異なり,十二指腸瘻などの選択肢も存在することから,今回は詳しくは触れない。

神経難病
 ALSやパーキンソン病等の神経難病に対する胃瘻は,特に判断の難しいところであろう。疾患が進行性であることから,基本的には不可逆的な医療介入になると想定される。観察研究の結果からは,胃瘻栄養が延命につながると結論付けられる状況にはなく,栄養状態をより保つことに寄与する可能性がある,といった程度である10)。思うように食事ができない状態で人生の最期を過ごすことに関して,患者・家族にはさまざまな思いがあって当然で,あえて造設しないという選択も十分理解できる。

フレイル
 認知症がなく,フレイルが主因と思われる嚥下障害で誤嚥性肺炎を繰り返す状況は日常診療では経験する。しかしエビデンスが絶対的に不足している。

胃瘻に関するその他の背景因子

 「使える消化管は使う」ことが原則であるにもかかわらず,診療報酬加算が取れる中心静脈栄養と比較して,胃瘻は加算が取れず,看護負担も大きいため敬遠されがちである。介護老人保健施設からも受け入れを渋られることがあり,療養場所が限られること,家族の介護力への懸念などから,胃瘻を選択しないというケースもあるだろう。

 食事の持つQOLや文化的・社会的側面も無視できない。胃瘻栄養のみを選択した場合,食事の機会を奪われることで,人間的な触れ合いの時間も奪われる危険性がある。また,食事を与えるという行為は愛情表現の一つとされており,それがかなわなくなることは家族にとっても心理的苦痛(グリーフ)を生じる。胃瘻を造設しない,という決断は,「食事を与えないこと」あるいは「ケアをしないこと」とは異なる点を家族に理解してもらう必要がある3)

 患者の人種よりも,医師の人種や専門科のほうが胃瘻造設の決定に与える影響が大きいという興味深いデータがある。同じ患者のシナリオを与えられた際,胃瘻を勧めるオッズ比は,アジア人の医師において白人の医師の7.8倍に上った。老年科医は内科医や家庭医と比べ,胃瘻を勧めない率が高かった11)。医師の主義が意思決定を大きく左右している現状が読み取れる。自分の主義や倫理観を押し付けない姿勢も重要である。

抜去できる胃瘻を放置しない

 脳梗塞による嚥下機能障害は,数週間から数か月かけて回復し,経口摂取を併用できるようになるケースが存在する8)。発症数か月後には長期療養施設にいる患者も多いため,限られたリソース下で経口摂取再開を推進するプロトコールも開発されている12)。日本でも2014年度の診療報酬改定から,経口摂取回復促進加算や胃瘻抜去術に対する技術料が認められるなどの仕組み作りがされている13)。こうしたシステムの整備を通して,本来なら経口摂取できるはずの患者が,食の楽しみを奪われたまま生涯を終える例が減ることを,願ってやまない。

症例その後

 胃瘻栄養に切り替えて理学療法,作業療法,摂食嚥下療法を継続した結果,3か月後には食事は全て経口摂取できるようになり,胃瘻は投薬ルートとして用いるのみとなった。認知症のため,今後は施設での生活の予定だが,投薬も経口に切り替え,入所前に胃瘻抜去をめざす方向である。

クリニカルパール

✓高度認知症患者には胃瘻栄養は勧められない。
✓脳梗塞後の嚥下障害によって経口摂取困難となった場合の胃瘻栄養の選択は適切と考えられるが,嚥下機能の再評価を忘れずに行う。
✓胃瘻造設にかかわる決断に際しては,文化的・社会的側面や患者・家族の価値観も考慮して,柔軟な対応を心掛けたい。


一言アドバイス

●胃瘻による経管栄養を行うかという議論の前に,そもそも中心静脈栄養や経管栄養といった人工栄養を使用するかという視点で(人工栄養を使用しないという選択肢も含めて)話し合いをすることが大切である。

(狩野 惠彦/厚生連高岡病院)

●意思決定能力を失した高齢患者に対して,家族ら代理意思決定者は「1日でも長く生きて欲しい」という感情から胃瘻造設を選ぶことも多い。「本人がそのようにして生きることを望んでいるだろうか?」という問いから始め,家族らと主治医が協働して合意形成したい。

(関口 健二/信州大病院)

つづく

参考文献・URL
1)World J Gastroenterol. 2014[PMID:24976711]
2)Cochrane Database Syst Rev. 2015[PMID:25997528]
3)Clin Interv Aging. 2014[PMID:25342891]
4)ABIM Foundation. Choosing Wisely.
5)Am J Phys Med Rehabil. 2015[PMID:25299524]
6)Stroke. 2015[PMID:25468881]
7)Cochrane Database Syst Rev. 2012[PMID:23076886]
8)J Stroke Cerebrovasc Dis. 2002[PMID:17903851]
9)J Stroke Cerebrovasc Dis. 2013[PMID:23680686]
10)Cochrane Database Syst Rev. 2011[PMID:21249659]
11)J Palliat Med. 2007 [PMID:17472507]
12)J Nutr Health Aging. 2016[PMID:27273351]
13)厚労省.個別改定項目について.2014.pp171-4.
 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000037464.pdf

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