医学界新聞

連載

2017.03.06



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第12回]アドバンス・ケア・プランニングって?

許 智栄(アドベンチストメディカルセンター 家庭医療科)


前回よりつづく

症例

 小脳出血・脳梗塞からの構音障害・嚥下障害および認知症がある寝たきりの78歳女性。肺炎・脱水によりこの4か月間で2回目の入院となった。本人とはもともとコミュニケーションが取れないため治療方針を話し合うことはできず,家族も本人の意向は把握していない。「孫の顔でも見せてから……」と,家族は治療を希望するものの,点滴や採血処置時,本人は非常につらそうにしている。薬剤投与に首を振って抵抗する患者の姿は,本当にあるべき治療の形だろうか。


ディスカッション

◎アドバンス・ケア・プランニングとは?
◎果たして有効なのか?
◎いつ始めるべきか? その障害は?

 こうした事例はおそらく日本中で日常的に繰り返されており,多くの医師が頭を抱えている問題であろう。方針が定まらないまま出口の見えない話し合いが繰り返され,医療従事者の疲弊にもつながりかねないこの状況を打破できるのは,やはり医療従事者でしかなく,その方法がまさにアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning;ACP)であると言える。今回はACPについて考えてみたい。

重視されるのは「過程」

 ACPとは話し合いの「過程」のことであり,「患者は医療従事者や家族,大切な人の支えを受けながら,治療に関する決定に参与できなくなった将来の自分の治療方針を決定する」とされている1)。ここで注目したいのは「過程」とされている点である。患者だけでなく医療従事者も含め,終末期についての話し合いと聞いて多くの人がイメージするのは,「死」に関することや蘇生処置の意思確認だろう。こうしたイメージから話し合いへの躊躇が生まれ,ACPがなかなか進まない障壁となっている2)。ところが,上記の定義では「死」や書類については触れられていない。もちろん,最終的にそうした書類を作成することも大切ではあるが,重視されるのはあくまでも話し合いの「過程」である。

 具体的には,患者の病状認識やその上での患者の価値観,意思決定が困難な状況になった場合に患者が大切にしたいことを話し合う過程と言える3, 4)。その過程においては,患者の希望を一方的に聞くだけではなく,非現実的な希望である場合,医療従事者は実現不可能な理由を説明し,否定せずにお互いの理解を深めていくことが重視される。こうした話し合いが書類という形にはならなくとも,診療録の文脈から患者の希望を読み取り,代理意思決定者と医療従事者による治療方針決定に生かしていくことが可能である。

ACPは患者や家族の負担を軽減させる

 症例のような現実が繰り返される原因として,日本におけるACPの実施率の低さが影響しているだろう。2014年に厚労省から出された「人生の最終段階における医療に関する意識調査」5)によると,死が近い場合に受けたい医療や受けたくない医療について家族と話し合ったことがあるかとの問いに対し,「詳しく話し合っている」と答えたのは一般国民で2.8%,医師でもわずか9.7%であった。そして,約7割が意思表示を書面にしておく必要があると考えているにもかかわらず,実際に書面を作成していたのは,それぞれ3.2%,5.0%にとどまった。このような現状が続く限り,症例のような状況でスムーズな方針決定が困難となることは想像に難くない。

 では,ACPが行われることで,本人や家族の負担は本当に軽減されるのだろうか? 80歳以上の入院患者309人を対象に行われたランダム化比較試験によると,ACP介入群は非介入群に比べ,終末期における希望が尊重されており(86%vs. 30%,P<0.001),残される家族のストレスや不安,うつ症状の程度も......

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