医学書院

検索
HOME週刊医学界新聞 > 第3214号 2017年03月06日



第3214号 2017年3月6日


ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第12回]アドバンス・ケア・プランニングって?

許 智栄(アドベンチストメディカルセンター 家庭医療科)


前回よりつづく

症例

 小脳出血・脳梗塞からの構音障害・嚥下障害および認知症がある寝たきりの78歳女性。肺炎・脱水によりこの4か月間で2回目の入院となった。本人とはもともとコミュニケーションが取れないため治療方針を話し合うことはできず,家族も本人の意向は把握していない。「孫の顔でも見せてから……」と,家族は治療を希望するものの,点滴や採血処置時,本人は非常につらそうにしている。薬剤投与に首を振って抵抗する患者の姿は,本当にあるべき治療の形だろうか。


ディスカッション

◎アドバンス・ケア・プランニングとは?
◎果たして有効なのか?
◎いつ始めるべきか? その障害は?

 こうした事例はおそらく日本中で日常的に繰り返されており,多くの医師が頭を抱えている問題であろう。方針が定まらないまま出口の見えない話し合いが繰り返され,医療従事者の疲弊にもつながりかねないこの状況を打破できるのは,やはり医療従事者でしかなく,その方法がまさにアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning;ACP)であると言える。今回はACPについて考えてみたい。

重視されるのは「過程」

 ACPとは話し合いの「過程」のことであり,「患者は医療従事者や家族,大切な人の支えを受けながら,治療に関する決定に参与できなくなった将来の自分の治療方針を決定する」とされている1)。ここで注目したいのは「過程」とされている点である。患者だけでなく医療従事者も含め,終末期についての話し合いと聞いて多くの人がイメージするのは,「死」に関することや蘇生処置の意思確認だろう。こうしたイメージから話し合いへの躊躇が生まれ,ACPがなかなか進まない障壁となっている2)。ところが,上記の定義では「死」や書類については触れられていない。もちろん,最終的にそうした書類を作成することも大切ではあるが,重視されるのはあくまでも話し合いの「過程」である。

 具体的には,患者の病状認識やその上での患者の価値観,意思決定が困難な状況になった場合に患者が大切にしたいことを話し合う過程と言える3, 4)。その過程においては,患者の希望を一方的に聞くだけではなく,非現実的な希望である場合,医療従事者は実現不可能な理由を説明し,否定せずにお互いの理解を深めていくことが重視される。こうした話し合いが書類という形にはならなくとも,診療録の文脈から患者の希望を読み取り,代理意思決定者と医療従事者による治療方針決定に生かしていくことが可能である。

ACPは患者や家族の負担を軽減させる

 症例のような現実が繰り返される原因として,日本におけるACPの実施率の低さが影響しているだろう。2014年に厚労省から出された「人生の最終段階における医療に関する意識調査」5)によると,死が近い場合に受けたい医療や受けたくない医療について家族と話し合ったことがあるかとの問いに対し,「詳しく話し合っている」と答えたのは一般国民で2.8%,医師でもわずか9.7%であった。そして,約7割が意思表示を書面にしておく必要があると考えているにもかかわらず,実際に書面を作成していたのは,それぞれ3.2%,5.0%にとどまった。このような現状が続く限り,症例のような状況でスムーズな方針決定が困難となることは想像に難くない。

 では,ACPが行われることで,本人や家族の負担は本当に軽減されるのだろうか? 80歳以上の入院患者309人を対象に行われたランダム化比較試験によると,ACP介入群は非介入群に比べ,終末期における希望が尊重されており(86%vs. 30%,P<0.001),残される家族のストレスや不安,うつ症状の程度も低く,満足度も高いことが判明している6)。これは他の研究結果とも一致している7, 8)

 さらに,ホスピス加入者約4万9千人を対象にした米国のコホート研究では,事前に指示書を作成していた群が73%と高いこともさることながら,作成していなかった群と比較してホスピスでの生存期間は有意に長く(中央値29日vs. 15日,P<0.001),方針撤回率も低かった(2.2%vs. 3.4%,OR=0.82,P=0.003)9)。人生の終末期において生存期間が14日延びることや方針撤回率の低さが,本人や家族に与える影響は決して悪いものではなく,より良いQOLにつながることも報告されている10)

患者の段階に応じて話し合いを進める

 患者の希望が尊重され,本人や家族のストレスを軽減させることが示されたACPであるが,いつどのように始めるべきなのか? 現在,「最適」あるいは「正しい」とされるタイミングは定められていない。終末期と見なす段階(第11回/第3210号)ではやや遅すぎると考える。

 General Practitionerを対象にしたスイスの調査では,①病気のない健康なとき,②末期の診断に至ったときの2つに大きく意見が分かれた2)。どちらにも長所短所があるが,②では議論がDNARなどの指示に限られてしまい,「過程」が軽視される危険性が高いこと,病気によっては進行が早く,十分な時間話し合えない可能性があることなどから,著者らは①を推奨している。ただ,ACPを考える段階にない患者に話を強要しても逆効果である。行動変容の原則に基づき,患者がどのような段階にあるかを評価しながら進めていくことが重要と言える11)

 ACPを行う際の医療従事者側の障壁として,日常診療における時間的制約,話をする側の技量の問題,患者に「死」の話をすることへの恐れなどが挙げられる12)。こうした問題に関しては,多職種を巻き込みながら,技量を上げていくためのトレーニングを恒常的に行える枠組みづくりが必要とされている。「死」の話をすることへの尻込みに関しては,繰り返しになるが, ACPは「死」の話し合いではなく,将来の自分の治療方針を決定する「過程」である。システマティックレビューによると60~90%の高齢患者はACPを歓迎している13)こと,ACPによってプライマリ・ケアへの満足度も上がる14)ことを,われわれ医療従事者は忘れてはならないだろう。


症例その後

 今回の入院では輸液と抗菌薬投与で回復した。その後,医師のみならず,ソーシャルワーカーにも参与してもらい,現状について家族と話し合った。元気なときの本人の考えなどを思い起こしながら会話を重ね,本人であればどのような判断をするかを一緒に模索した。その結果,今後は侵襲的な治療は行わず,病院への搬送は可能な限り回避して施設で治療を行うことで合意。もちろん苦痛軽減に関しては,あらゆる対応を取ることも併せて確認し,施設へ退院となった。

クリニカルパール

✓ACPとは,患者の将来の治療方針を,家族や大切な人,医療従事者の力を借りながら決定する「過程」のことである。
✓多くの高齢者はACPを望んでおり,行うことで満足度も上がる可能性がある。
✓ACPによって,人生の終末期における患者の希望を尊重し,家族のストレスも軽減させることが可能である。
✓ACPを進める場合,患者の準備段階を考慮して行動変容の原則に基づいて対応するのがよい。


一言アドバイス

●「もう十分に生きた」「自然に」「東京オリンピックを見られるか」といった(関心期にある)患者の言葉を,われわれ医療者へのメッセージとしてとらえ,それを言語化して反復したり,発言の理由を聞いたりすることが,ACPを進める良いきっかけとなる。(関口 健二/信州大病院)

●ACPは「DNARで合意できれば成功」などと誤解されがちであるが,本来は“どう死ぬか”ではなく“どう生きるか”を話し合う時間である。経験上,有効なACPの後は,患者さんやご家族が安心したような表情を見せることも多い。(玉井 杏奈/台東区立台東病院)

つづく

参考文献・URL
1)CMAJ. 1996[PMID:8976334]
2)Swiss Med Wkly. 2014[PMID:25275606]
3)N C Med J. 2014[PMID:25237879]
4)J Pain Symptom Manage. 2013[PMID:23200188]
5)終末期医療に関する意識調査等検討会.人生の最終段階における医療に関する意識調査 報告書.2014.
 http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/zaitaku/dl/h260425-02.pdf
6)BMJ. 2010[PMID:20332506]
7)N Engl J Med. 2010[PMID:20357283]
8)J Am Geriatr Soc. 2013[PMID:23350921]
9)J Am Geriatr Soc. 2014[PMID:24852308]
10)JAMA. 2008[PMID:18840840]
11)J Am Geriatr Soc. 1995[PMID:7706637]
12)J Am Geriatr Soc. 2007[PMID:17302667]
13)Br J Gen Pract. 2013[PMID:24152480]
14)J Gen Intern Med. 2001[PMID:11251748]

連載一覧