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第2984号 2012年7月2日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第225回

病院チェーン「乗っ取り」をめぐる攻防

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2982号よりつづく

 急成長する株式会社病院チェーン,コミュニティ・ヘルス・システムズ社(以下,「コミュニティ社」)が,同じく病院チェーンの大手であるテネット社の「敵対的買収」に乗り出したのは,2010年12月のことだった。

 当時,コミュニティ社は29の州に130の急性期病院を所有していたが,「乗っ取り」に成功した暁には所有病院数179(30州)となり,150病院のHCA社を抜いて業界最大手となるはずだった。

 コミュニティ社がオファーした条件は「一株当たり6ドル」。総額33億ドル(約2640億円)の買収額を提示したのであるが,テネット社経営陣が「安すぎて話にならない」と拒否したため,株式の公開買い付けに踏み切った。「乗っ取り」をめざすコミュニティ社と,「のみ込まれてなるものか」と必死の防戦を計るテネット社との間で,激しい攻防が繰り広げられることとなったのだった。

新興病院チェーンの拡大路線

 ここで少し説明すると,米国で株式会社による巨大病院チェーンが形成されるようになったのは,1980年代後半から90年代にかけてのことだった。経営が苦しくなった公立病院や非営利病院を,莫大な財力に物を言わせて次々に買収,HCA社やテネット社のような巨大チェーンが形成されるようになったのである。しかし,これらの巨大チェーンが過度の営利追求に走った果てに,診療報酬不正請求や不要な心臓手術実施等のスキャンダルを起こして厳しく指弾されるに至ったことは拙著『市場原理に揺れるアメリカの医療』および『市場原理が医療を亡ぼす』(ともに医学書院刊)でも述べたとおりである。

 スキャンダルの影響もあって,病院チェーンの拡大ブームは終息したかのように見えていたのだが,ここ数年,着々と所有病院を増やして急成長を遂げてきたのが「新興」のコミュニティ社である。2007年には51病院を所有するトライアッド・ホスピタルズ社を51億ドル(約4080億円)で買収,所有病院数を130に増やして,全米第二の規模を誇るまでになった。

 拡大路線を続けてきたコミュニティ社が,さらなる拡大をめざしてテネット社に食指を伸ばす誘因となったのは,オバマ政権が成立させた医療制度改革法だったと言われている。無保険者が減ることは料金の取りはぐれを心配しなくてもいい顧客が増えることを意味したし,来るべき「マーケット拡大」に備えて一層の規模拡大をめざすこととなったのである。

 一方,コミュニティ社の公開買い付けに対して,テネット社は乗っ取り防止の常套手段である「毒薬条項」()を発動するなどして,防戦に努めた。これに対して,コミュニティ社も,経営陣交代を画策したり,買い付け額を一株当たり7.25ドルに増額したりして対抗したのは言うまでもない。

「蛇の道は蛇」

 公開買い付けが始まって5か月後の2011年4月,テネット社は,これまでまったく前例のなかった乗っ取り防止策を採用して,病院業界を驚かせた。「コミュニティ社は,メディケア(高齢者用公的医療保険)に対し,組織ぐるみで診療報酬不正請求をしている疑いがある」と裁判所に訴え出たのである。

 テネット社が訴状に添付したデータによると,コミュニティ社における「観察入院」の割合は5.1%で,全米平均の12.6%を大きく下回った。さらに,2007年にコミュニティ社が買収した元トライアッド社の病院で,買収前後,観察入院の割合が11.1%から5.3%に激減したデータも示され,本来「観察入院」扱いであるべき患者について,「正規入院」扱いの(つまり,はるかに割高の)診療報酬を組織ぐるみで不正請求している疑いが濃いことを暴き立てたのである。

 テネット社が訴訟を起こした途端に,40ドルを超していたコミュニティ社の株価が26ドルまで暴落しただけでなく,保健省や証券取引委員会による捜査も始まった。コミュニティ社にとって,不正請求疑惑の火の粉が降りかかる事態となって,「乗っ取り」どころではなくなってしまったのである。2011年5月,正式にテネット社買収を断念したのだった。

 一方,テネット社が起こした訴訟に対して,2012年3月,連邦地裁は「テネット社は原告となる要件を満たしていない」と,「門前払い」する形でその訴えを退けた。形としてはコミュニティ社の「勝訴」で一件落着となったのであるが,訴訟を起こしたことで乗っ取り防止に成功したのだから,実質的にはテネット社の勝利となって,この乗っ取り騒動は決着したのだった。

 それにしても,メディケアに対する不正請求に関しては,テネット社も過去に多数の前科があり,2007年には総額9億ドル(約720億円)という,記録破りの「示談金」を連邦政府に支払った前歴さえ有している。「蛇の道は蛇」という言葉があるが,「大先輩」として不正の臭いにとりわけ敏感な嗅覚を発達させていたからこそ,コミュニティ社の「不正」を暴くことができたのではないだろうか?

つづく

:既存株主に対して,敵対的買収者が一定割合の株式を取得した時点で市場価格を大幅に下回る価格での新株購入を保証,新株(毒薬)を発行することで買収者の持ち株比率を下げてしまう手法。

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