医学界新聞

連載

2012.06.18

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第224回

「医療債務」という名の陥穽(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2980号よりつづく

前回のあらすじ:米国では「クレジット・スコア」なる数字が個人の信用度を計る指標として使われているが,このスコアが低くなるとローン等に著しく高い利率が適用されるため,貧困者が一層貧する原因となっている。医療債務が原因となってクレジット・スコアが低下する事例も多く,不測の病がきっかけとなって貧困に陥ったり貧困の度合いが悪化したりする国民が増えている。


診療請求額の巨大なばらつき

 2012年4月,「虫垂炎」患者に請求された診療費の「ばらつき」を調べた論文(註1)が発表され,全米メディアの注目を集めた。論文の筆頭著者はカリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部救急医療部のレネー・シア医師。対象は,2009年にカリフォルニア州の病院に入院した「虫垂炎」患者(年齢18-59歳,入院日数4日未満)1万9368人だった。シアらによると,診療請求総額の中央値は3万3611ドル(約270万円)と,日本からは想像もできないほど高額だったのであるが,当地のメディアを驚かせたのは,最低1529ドル(約12万円)から最高18万2955ドル(約1460万円)までと差が出た,「ばらつき」の巨大さだった(註2)。

 言うまでもなく,虫垂炎は「不測(=『自己責任』とは無縁)の病の代表」である。無保険患者の場合,ある日突然虫垂炎となった途端に,(中央値で)3万3611ドルの医療債務を抱えることとなるのであるが,「中央値」であることを考えたとき,半数の患者は3万3611ドルよりも高額(あるいは同額)の請求を受けたのであるから,状況は悲惨である。さらに,価格が患者や病院によって大きくばらつき,どれだけの額を請求されるのか誰にもわからないという,まるで「ロシアン・ルーレット」と変わらない仕組みでシステムが動いているのだから患者はたまらない。虫垂炎になった途端に「莫大な」医療債務を抱え,「クレジット・スコア低下→家のローンの利率上昇→ローンが支払えずホームレスに」と転落する事態も起こり得るのである。

 実際,医療の向上をめざす民間団体として定評のある「コモンウェルス・ファンド」が2010年に行った調査(註3)によると,「医療費支払いに際し,困難を経験した」米国民(19-64歳)は7300万人(同年齢層の40%)に達した。しかも,2005年の調査で「困難を経験した」国民は5800万人だったから,5年の間に25%も増加した勘定である。さらに「困難」の内訳をみたとき,「借金取り立て会社から督促を受けた」ことがある国民は3000万人(2005年は2200万人),「医療債務を返済するために生活を切り詰めた」国民は3100万人(同じく2400万人)に上り,米国民が医療債務にあえぐ深刻な実態は数字でも明らかとなっている。

 一方,医療債務にあえぐ国民が増えることは,病院等医療機関にとっては,「未収金」が増えることを意味するのだから,サービス供給側にとっても事態は深刻である。当然のことながら,「借金の取り立て」にこれまで以上に励まなければならなくなっているのだが,最近,取り立ての苛酷さが「新たな高み」に達して話題となった。

医療債権取り立て会社の急成長

 4月末,ミネソタ州検事局が医療債権取り立て企業の大手「アクレティブ・ヘルス」社を,違法な取り立て行為を行っている疑いで捜査中であることが報じられたのである。同州検事局によると,同社社員があたかも病院職員であるかのように振る舞って救急外来や分娩室受付に常駐,訪れた患者に対して借金の取り立てを行っているというのである。

 その際,「診てほしかったら,クレジットカードを使うなどして,これまでの借金を返せ」と,患者に迫るのであるが,連邦法は,「医療機関は救急患者・分娩患者については支払い能力の有無にかかわらず診療する義務がある」と定めており,診療拒否を盾にとって債務返済を迫る行為は違法である可能性が極めて濃厚なのである。

 アクレティブ・ヘルス社は,イリノイ州に本拠を置く医療債権取り立て企業であるが,全米的に医療債務が急増する状況が「追い風」となって,ここ数年,急成長を遂げている。売り上げ額が2010年6億1000万ドル(約490億円)から2011年8億3000万ドル(約690億円)と増加した一方で,同期間の利益も約1300万ドル(約10億円)から2900万ドル(約23億円)へと急増した。医療債権取り立て企業が「成長企業」となり得る現実に,米国医療の悲惨な状況が象徴されているのである。

この項おわり

註1:Hsia RY, et al. Health care as a "market good"? : Appendicitis as a case study. Arch Int Med. 2012 ; 172(10) : 818-9.
註2:病院間のばらつきも大きく,非営利民間病院と比べて営利病院の請求額が16%高かった一方で,公立病院の請求額は37%低く,利益を上げることを優先するか,あるいは,公共のサービスを第一の目的とするかで,患者に対する請求額が大きく異なることも示された。
註3:Collins SR et al. Help on the horizon : How the recession has left millions of workers without health insurance, and how health reform will bring relief-Findings from the commonwealth fund biennial health Insurance survey of 2010, March 16, 2011.

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