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第2973号 2012年4月9日


ノエル先生と考える日本の医学教育

【第24回】 新しい医学教育のパラダイム(2)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(北海道大学医学教育推進センター 教授)
松村真司(松村医院院長)

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2968号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。


前回のあらすじ:「変化を避けることはできない」と語るノエル先生。社会の変化とともに,新しい医学教育のパラダイムが日本にも求められている。

日本の医療の“強み”をさらに伸ばすために

松村 日本の医学教育にも,良い点はたくさんあります。医学生や研修医は,国民が医療にアクセスしやすい恵まれた環境のなかで学べます。科学技術水準も高く,高度な検査機器を用いた診断もほとんどの地域で可能です。また,医学書も母国語で手に入ります。これらは,世界でもトップクラスの環境だと思います。

 モラルが高く,献身的に働く医療人が数多く存在し,その診療スキルを次世代に伝えてきたのも強みです。ただし,これらの教育は体系的ではなく,個人の努力に頼ってきました。また,教育体制が既に確立されていることで,時代の変化に対応する動きが鈍い一面があるのかもしれません。

ノエル これまで私は,日本の医学教育や医療現場の在り方について助言をするとき,常に慎重な態度をとってきました。なぜなら日本の医療や医学教育は,松村先生が述べた通り諸外国と大きく異なるからです。一方,日本のヘルスケアアウトカムは(寿命という指標において)世界一で,国民1人当たりの医療費は米国の3分の2です。このような状況で,医学教育の変化がヘルスケアアウトカムをさらに向上させる根拠を見いだすのが難しいのは当然でしょう。

 日本人の長寿について,多くの研究者は4つの要因を挙げます。それは,(1)医療への良好なアクセス,(2)民族的にほぼ均一な国民,(3)患者の従順性,(4)日本食の影響,です。ただ将来,日本人の食事はより高カロリー・高脂肪で,栄養価が低いファストフード型へと変化していくと思われます。喫煙率の低下は鈍く,肥満者も増加しています。そして諸外国と同様,現代の生活ストレスは健康に確かな影響を及ぼしています。日本が将来もヘルスケアの先進国であり続けるためには,医学教育と医療提供体制の改善を行っている諸外国と同様,日本でも何らかの変化が必要だと私は思うのです。

 私が日本の医療で変化が必要と思うことをもう一度まとめてみます。

*継続して新しい知識と臨床手法を採り入れるためには,「ハイブリッド化」が不可欠。海外で学ぶ日本人医師や日本で学ぶ海外の医師が増えれば増えるほど,全世界に知識が広がっていくでしょう。
*EBMは,個人・集団にかかわらず医療を改善するという強い裏付けがあります。一方,経験に基づく医療には,効果が乏しく,患者に害を与えることもある臨床手段が数多くあります。医師がそれぞれ最良と信じる医療に固執し,その是非に関するエビデンスが得られなければ,日本全体の医療は向上しないでしょう。したがってEBMをより推進する必要があります。
*医師の診療技術について客観的な評価手法を採用する必要があります。医師が医療現場に入る時点でその力量を客観的に保証し,医師免許取得後も継続的に臨床能力の維持をモニターし,また臨床研修に明確な基準を作ることで医師の能力の向上を図り,技術が伴わない医師を特定します。
*患者が適切な治療を受ける機会を逃さないよう,プライマリ・ケア医と専門医の人数や配置をコントロールすることでへき地や医療資源の乏しい地域の医療を改善することが必要です。

 日本の医療を知る教育者なら,私を含め,日本の医療が現在持つ多くの強みに異を唱える人はいないでしょう。しかしそれは,「外国のアイデアは日本の医療を改善しない」と言っているわけではないのです。

変化を促す2つの方法

松村 そうですね。医療の質の担保,さらには地域間や診療科間における医師の偏在は,どこの国でも問題となっています。専門医の在り方も含めて,他国を参考にすることはもちろん大事だと思いますが,日本に変化を促すために必要なことを教えてください。

ノエル すべての国に共通する,2つの重要な方法があります。1つは,医師と病院のパフォーマンスを客観的に評価することです。

 米国では,病院や医師を評価する書籍が常に出版されています。例えば,周術期感染症の発症率が高い病院や医師が,市民からの悪評を避けたいと思うのは自然な欲求です。ですから,具体的な臨床データを世間に広く頒布させることは変化を促す最もよい刺激策となります。過去数十年にわたり,欧米では公共の使命に基づいた中立な客観的評価者が,各病院を評価しながら医療を改善してきました。開始当初は一部の病院や医師による抵抗がありましたが,保険会社と政府が基準を満たさない医療機関への支払いを留保することで抵抗はなくなりました。

 もう1つは臨床研究です。これは国民の健康状態の理解や改善には不可欠なものです。小児の感染症や成人の糖尿病・高血圧・喫煙関連の呼吸器疾患のような,コモン・ディジーズに関する研究はすぐにでも始められます。発症頻度や罹患率の特定から開始し,これらの疾患が一般にどう治療されているかを調べるのです。

 標準ではない危険な医行為を行う医師や病院は,簡単に見つかるでしょう。例えば,ウイルス性疾患への抗菌薬の投与や,糖尿病患者への不適切な薬物治療,あるいは公衆衛生機関への感染症の報告の欠如などの問題はすぐに指摘されるはずです。このような臨床研究に資金が割り当てられるのは,多くの国では,最も力のある研究機関に対してではなく,最も優れた研究デザインに対してです。

ハイブリッド化で日本に最適な医療を

松村 より効果的・効率的かつ標準化された医療の提供は,日本でも求められています。ただそのための処方箋は,諸外国の医療プログラムを直接導入する,といった単純なものではうまくいかないように思います。

ノエル 松村先生,日本は独自の医療を開発する能力があり,むしろそうすべきだと私は思っているのです。過去70年間,日本は他国が行った仕事を起点に,それに改良を重ねることで進化を遂げました。そして,そのことは日本だけでなく世界中に恩恵を与えました。これこそがハイブリッド化なのです。

 世界各地との知識・文化の融合から,日本の文化に合った手法が創り出されます。そこでは,国全体での共同作業が必要です。各地域に強い影響を与える教授たちの力を結集することで,医療に関する最良のコンセンサスが生まれます。そして,教授たちがより良いと思われるアイデアを思いついたら,適切な臨床研究を行うのです。つまり,現時点での最良の治療法(あるいは診断方法)と新たな手法とを比較してみるのです。

ICTの医学教育への影響

大滝 インターネットが普及し,文字通り一瞬で情報が世界を駆け巡る時代となりました。医学・医療に限った話ではありませんが,このような状況下で情報通信技術(ICT)や国際標準言語としての英語のリテラシーの持つ意味が,過去とは比較にならないほど重要になってきています。

ノエル ICTの発展は文化間の隙間を狭め,また異なる文化の知識を持つことの重要性を高めました。米国の医学生や研修医は,世界は自分が知るよりもずっと広いと認識しているので,外国で働く強い意志を持っています。オレゴン健康科学大学でも,外国での働き口を見つける機会が研修プログラムに備わっているかを,内科研修の志願者の半数以上が面接で知りたがります。

 前回(2968号),私は医学部や研修病院で中心的役割を担う指導者たちの主な責務は変化を奨励し,かつ制御することだと強調しました。日本や米国を含め先進国では,1970年代・80年代はおろか90年代に行っていた医療さえも消え去りつつあります。多くの先進国では,20年前の教育法ではもはや医学を教えていません。大半の学生は,学習が仕事と直接結び付くときに最もよく学ぶものです。そこでは,講義形式の教授法では不十分なため,医学部1年の最初の週から,指導医の監督のもと患者の診療を始めます。

 また,通信教育も大きく進歩しています。オンラインでの学習はいつでもどこでも,学習者の意志だけで始められます。これは教育病院から遠く離れた施設で働く医師たちの重要な教育手法となっています。

松村 ICTの進歩で,以前は大学図書館に行かなければ読むことができなかった文献が,瞬時にどこでも入手できます。診察の仕方もWeb上の動画で,自宅に居ながら学べます。知識や技術の習得といった面に関しても,今後ますます新たな手法の導入が加速されていくのではないでしょうか。

ノエル その通りだと思います。

 一方で,私たちは医学生や研修医が実際の患者と接する前に,身体診察法を練習できるよう人形を作り,また実際の患者たちにもボランティアとして協力してもらい,学生たちの訓練に役立ててきました。また,多くの都市の女性団体が産婦人科の内診のボランティアを買って出ました。これは女性患者の診療によりよく対処できる医師を育てようとする彼女らの使命感から出たことです。

 私たちは若い医師を育てるなかで,ICTを用いた情報共有やクリニカル・スキル・ラボ,一般市民の支援グループの拡大など,同時発生的に生じた変革に対応しているのです。

つづく

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