医学界新聞

連載

2012.05.14

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第25回】 新しい医学教育のパラダイム(3)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(北海道大学医学教育推進センター 教授)
松村真司(松村医院院長)

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2973号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,マクロの問題からミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな課題を取り上げていきます。


前回のあらすじ:社会の変化だけでなく,教育ツールの電子化やクリニカル・スキル・ラボの誕生など教育環境の変化も,医学教育のパラダイムシフトを促している。

大滝 新しい教育手法を通じて,より効果的に医学を学ぶことは確かに重要です。従来の学問分野や診療科では区分できない,横断的で学際的な能力の重要性はますます高まっています。しかし,日本の医学部の入学試験は従来の「知識偏重」から抜け出せておらず,医師国家試験も同様の状況です。

ノエル 米国の医学部では,進学志望者には幅広い自然科学の知識に加え,人文科学や社会科学の知識も有していることを入学前に示してもらいたいと思っています。入学試験では,科学の知識に加え一般教養や分析的思考力,また複雑な文章の読解力や明瞭な文章を書く能力が問われます。面接では,志望者の医師という専門職への理解や他者を助ける意欲と,診療などストレスを強いられる場面でも精神・肉体の両面における健康を保てるかを見ようとします。

 米国の医学部は,精神的な成長も人生経験も不十分な18歳の若者から,医師に求められる能力があり,バランスのとれた人物を選抜することを望んではいません。このような理由から,われわれは大学卒業後,医学部に進む前に医療界とは異なる経験を積んだ人物を選ぶことがよくあります。

ますます重要となるチーム力

松村 医学部入学の段階から極力バランスがとれた多様な人材を選出しようとしているのですね。

 それでも,解決困難な臨床の難しい問題,例えば倫理的問題を考えたり,仲間との協働作業によってチーム意識やリーダーシップを学んだり,専門職としてのプロフェッショナリズムを醸成することは,医学部入学後の臨床における活動を通じて行われます。特に,臨床現場で多くのスタッフと協力して,チームとして診療を進めていくためのスキルは,増加の一途をたどる医学の知識や技術の修得とともに,学ばなければいけないことだと思います。

ノエル チームで組織の能力を高めることは,それこそアジアが欧米に勝る大事な文化でしょう。古い歴史を持つ欧州の国では,個人主義はそれほど強調されませんが,北米やオーストラリア・ニュージーランドのようないわゆる「新世界」では,組織よりも個人の成果を重視する伝統が培われてきました。そうした国々の辺境地を開拓したカウボーイや入植農民がそうであったことを考えるとわかりやすいでしょう。そのような中では,医師も一人ですべての仕事をこなしたり,あるいは医療関係者に指示して医療を遂行するのが一般的でした。

 しかしこの40年間で,そうした国々でもバックグラウンドの異なる人々により構成されたチームで問題を解決することが重視され,知識や見識においても多様性への理解が広がってきています。米国には,技術者,物理学者,経済学者のほか消費者の経験やニーズを研究した市場分析の専門家から成るチームを編成し,問題の解決方法を新入社員に教えるために独自の大学をつくった「ゼロックス」のような企業もあります。

 今日では日本の電機メーカーや自動車産業などでも,チームの力を高める取り組みを海外のエンジニアから習得することもしばしばあるのではないでしょうか。アップルやグーグル,フェイスブックなどは,チームを基盤として強力に創造性を発揮することで,世界を牽引している企業の例なのかもしれません。

医師の仕事の大部分がチームに移行した米国

ノエル チームで問題に対処する動きは,医学教育や臨床の現場でも出てきています。1975年にコロンビア大学で私が臨床を開始したころ,診療チームのなかで能力を期待されているのは医師であり,絶対的なリーダーでした。医師のなかには,看護師,ソーシャルワーカー,医療事務など他の職種の能力は,自分と同等であるはずがないと固く信じている人もいました。

 いくつかの圧力が合わさってその傾向は変わったのですが,最大の力となったのは,1960年代以降に生じた「自宅でも職場でも男女は平等に扱われるべき」という社会運動です。そして,医師以外の医療関係者,例えば臨床に従事する薬剤師や看護師のなかにも博士号を持つ人が現れたことや,それ以外の職種でも修士号を持つ人が多数誕生したことは大きな影響を与えました。特に欧米では,看護師が医療機関における医療の質を改善したり,患者の安全性に変革をもたらしたりするのに圧倒的な力を示したのです。

 現代の医学生や研修医は,すべての医療従事者に敬意を持って接するように強く教えられています。オレゴン健康科学大学では毎朝9時に研修医と回診を行うのですが,そこでは患者に関係する多職種のスタッフが"チーム・オフィス"と呼ばれる部署に集まって,その日の患者に必要な診療やケア,退院後の方針を話し合います。これは多くの研修病院で行われていますし,診療所でもチームの打ち合わせをまず行い,特別な診療が必要な患者について確認します。また,看護師・指導医・ソーシャルワーカーの話を聞き,特に困難な問題を抱えた患者に関してチームで情報を共有するのです。

 今日では,医師の仕事の多くはチームに移行し,医師一人で患者の治療を最初から最後まで行うことを当然とみなす風習はなくなりつつあります。救急,集中治療,ホスピタル・メディスン(註:入院患者を担当する総合内科)の分野では,医師たちは一定の勤務時間の枠内で,1回当たり10-12時間シフト制の勤務となっています。担当の時間が終わったら,次の担当医師らが引き継ぐ勤務体系です。集中治療の各専門分野では,医師が12時間の勤務シフトを月に13-15回,十分に休憩を取りながら担当しています。

 大規模な医療機関では,医師と看護師,薬剤師から成る医療チームが,少人数の医師で構成されるチームから指示を受け,日々の糖尿病やがんの外来患者の管理に当たっています。この体制は,患者の満足度やアウトカムを大きく向上させることにつながりました。

松村 チーム医療を医学生・研修医にどう教育していくかも,日本の今後の重要な課題となるのですね。

これからの社会のパラダイムに沿った医学教育とは

松村 すべての人間が,時に病に倒れ,最後には死を迎える以上,医師はいつの時代も求められる職業です。だからこそ,指導医の技術や知識を若い世代に伝え次代の医療をつくっていくことは,医学教育の根幹だと私は考えています。

 医学教育に携わるわれわれは,どうしてもカリキュラムや試験の在り方などの形式的な問題に着目しがちですが,本来は「どのような未来をつくりたいか」というビジョンに対するデザインから,医学教育の在り方は導き出されるものではないでしょうか。本シリーズを通じて,私が一番学んだことは,このことだったと思います。

 やはり,日本の未来を背負って立つ若い世代の医師たちに大いに期待したいところです。医学教育はそのための「未来への投資」だと思います。彼らが臨床の第一線に出る,5-10年後の人たちを支えるためには何が必要なのかを,今,しっかり考えておくことが大事ですね。

ノエル そうですね。日本の今の課題は,大学内で将来のリーダーを探し,他大学で同じ立場にいるリーダーたちと協働して将来の展望,例えば「2020年へ向けて日本の医師をどう育てるか」といった展望を創り出し,それを実行するリーダーを見つけることではないでしょうか。自身の研究と自分の弟子の教育のみに注力するような教員の力では,日本の医学教育システム全体に強い影響を与えることはできません。教育や臨床に関して創造性豊かで思慮深く,十分な時間を共有できる教員で構成されたチームが必要です。具体的には,毎月1週間程度の時間を費やし,それを1年以上続けて,日本の価値観と他国のアイデアとを複合させた教育モデルを研究し,提言することのできるチームです。

 世界を見渡すと,研究によって裏付けられた,研修医の能力や臨床医が生涯学び続ける意欲を向上させるのに効果があるさまざまな教育モデルが存在しています。教育を施す側が中心のこれまでの古いパラダイムから,学習者と患者を中心とした新しいパラダイムへと,医学教育は徐々に変化してきています。多くの国で,「生涯を通じた学びの継続こそがプロフェッショナルとしての自己改善」と見なされています。教育を変えるという決断は,社会の変化や国民の期待に呼応する専門職である,私たち医師自身のなかから生じるのです。

つづく

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