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第2893号 2010年8月30日


【interview】

乳癌診療が培ってきた
患者中心のチーム医療を広める

中村清吾氏(昭和大学教授・乳腺外科学/聖路加国際病院乳腺外科非常勤嘱託)に聞く


 近年癌治療は,診断技術の高度化,治療法の複雑化に伴い,1人の患者に対して外科,腫瘍内科,放射線科など,複数の診療科がかかわるようになっています。患者を心身両面から支える仕組みづくりも進み,高い専門性を持った看護師や薬剤師などの活躍の場も広がっています。そのようななか,それぞれの強みを最大限に発揮し,患者に最適な医療を提供するには,チームとしての結束が重要な鍵を握ります。

 本紙では,乳癌診療にかかわるあらゆる職種が共通の知識を持つことを目的に書かれた『乳癌診療ポケットガイド』の発行を機に,同書の責任編集を務めた中村清吾氏に,乳癌診療をめぐる最近の動向や,よりよい乳癌診療のあり方などについて伺いました。さらに,聖路加国際病院ブレストセンターで行われている病棟ミーティングを取材。同院の円滑なチーム医療の秘訣をお伝えします。


――まず,先生が乳腺外科を専攻された経緯をお話しいただけますか。

中村 私は学生時代,コンピューターを上手に診療に生かせるような領域に進もうと考えていました。特に人工臓器に興味があり,一般外科で技術を修得してから移植外科を専攻しようと思い,聖路加国際病院に入りました。しかし,日本では移植医療がなかなか進まなかったことから,今後も活発化しないのではないかという思いが次第に芽生えていきました。

 当時は,乳癌の手術件数が急激に増加した時期であり,それに伴って乳癌の治療も非常に短いスパンでダイナミックに変化していきました。その乳癌診療の急激な進歩を目の当たりにし,興味が乳癌に移っていったんですね。

 さらに,乳癌診療にかかわるなかで,乳癌の患者さんは適切な治療を行えば長生きできることもわかりました。そこで研修医2年目のときに,過去10年間の乳癌手術のデータ,約400人分をデータベース化しました。ここで自分が持っていた情報システムのノウハウを生かすことができたことも,乳癌診療に携わるきっかけになったのかもしれません。

――この間,乳癌の治療は具体的にどのように変わってきたのでしょうか。

中村 私が一般外科のトレーニングを始めたのは1982年ですが,当時乳癌の手術は外科という大きな枠組みのなかの1つに過ぎませんでした。しかも,手術法は腋窩リンパ節郭清という乳房切除術のみだったのです。抗癌薬の種類も限られていて,タモキシフェンという抗エストロゲン薬が術後の再発予防薬として用いられるようになったのは,私が医師になって2年目でした。

 その後,1985年に米国ピッツバーグ大学のB. Fisher博士が,「乳房温存手術+放射線治療は,乳房切除術と治療成績において差がない」と“New England Journal of Medicine”に発表しました。これを機に,乳房温存療法が早期乳癌の標準治療として世界的に急速に普及しました。手術も拡大手術から縮小手術に変わり,なおかつ薬物療法をうまく使いこなすことによって,全身疾患である乳癌の治療成績が格段に向上したんですね。私が一般外科のトレーニングを終えたのは,ちょうど日本においても乳房温存療法と抗癌薬,ホルモン薬を組み合わせて治療するという時代に入ったころでした。

薬物治療で癌を治せる時代に

――このように急速に進歩してきた乳癌診療ですが,先生が現在注目しているトピックスはありますか。

中村 従来,癌治療の主体は手術でしたが,現在は治療の1つの選択肢という考え方に変わってきています。化学療法をうまく使うことで最小限の侵襲にとどめ,なるべく非手術の方向に持っていきたいというのが,私の現在のメインテーマです。

 外科医としては,手術痕をなるべく目立たなくすること,左右差のないきれいな乳房を残すことなど,Oncoplastic Surgery,つまり形成外科のノウハウを取り入れた手術法にも注目しています。ただ,やはり究極の目標は,手術をしないで薬物療法によって治癒できるようになることですね。

―― 分子標的治療薬などの誕生も,その目標の達成に一歩近づいた部分ですよね。

中村 ええ。分子標的治療薬は癌細胞を選択的に攻撃するので,癌が完全消失する可能性が高まり,副作用も極力抑えられる可能性があります。現在乳癌における中心的な薬剤は,HER2蛋白質を標的とするトラスツズマブですが,それ以外にも細胞内の増殖メカニズムを把握した上で合目的的に作用する薬が多数開発されています。

 ただ,それらの薬をどのような組み合わせで使用していくかなどについては,今後の臨床試験の結果が待たれます。また,新薬を患者さんの手元にいかに最短時間で届けるかも,今後の重要な課題であると考えています。

――形成外科的な手術について,もう少し詳しくご説明いただけますか。

中村 私はもともと一般外科において,内視鏡手術と乳癌の手術の両方を専門としていました。内視鏡手術自体が,いかに低侵襲で患者さんに苦痛を与えず,手術痕を目立たないようにするか,という考え方から開発されたものですから,同様の考え方を乳癌にも転用するということです。

 ただ,乳癌の手術は,まず画像診断で癌の広がりをきちんと把握し,必要最小限にしこりを切除して乳腺を元通りきれいに修復することが求められます。そのためにはさまざまなノウハウがあり,ある程度の経験も必要なのだと思います。

個々人に適した検診スタイルに

――乳癌検診についてもさまざまな議論がありますが,これから検診のあり方も変わっていくのでしょうか。

中村 乳癌検診は,今後オーダーメイド化が進んでいくと思います。私は「我が国における遺伝性乳癌患者及び未発症者への対策に関する研究」というテーマで家族性乳癌の研究に取り組んでいますが,乳癌を発症する人の5-10%は,特定の遺伝子の異常が原因だとされています。20代,30代で発症する癌は,家族性の遺伝子にかかわる癌である可能性も少なくありません。ですから,遺伝的なリスクがあると診断された場合には,例えば,普通の方よりも10-15歳早くから検診を始める,検査方法についてもマンモグラフィではなくMRIやエコーによる検診を行うなど,きめ細かな配慮が必要です。日本ではまだそのような体制は整っていませんが,欧米のガイドラインでは,既に遺伝的要因や家族歴を有する高リスクの方については,25歳からMRIを年1回行うことなどが推奨されています()。

 また,最近40代を対象にした乳癌検診のあり方についての議論も盛んです。現在,厚労科研「乳がん検診における超音波の有効性を検証するための比較試験(J-START)」(研究代表者=東北大大学院・大内憲明氏)という,40代女性にマンモグラフィ検査と超音波検査の併用が有効かどうかを検証する比較試験が行われています。50歳を超えたらマンモグラフィ検診を1-2年に1回受診するという部分は変わらないと思いますが,50歳未満についてはJ-STARTなどの結果を受け,よりよい検診のあり方が検討されていくと思います。

医療者が共通の認識を持つことがチーム医療の鍵

――先生は,乳癌診療において,チーム医療を非常に大事になさっています。その取り組みの1つであるチームカンファレンスについて,お話しいただけますか。

中村 私は1997年に,米国M.D.アンダーソンがんセンターで研修を受けました。多職種が連携して患者さんの治療に当たるチーム医療の現場を見て,日本でもチームカンファレンスが必要だと思いました。しかし,当時私は一般外科に所属しており,患者さんの年齢も疾患も多岐にわたっていたので,チームカンファレンスを行うのは困難でした。

6月に開設した昭和大学ブレストセンターにて

 その後,2005年5月に乳腺外科が立ち上がり,新しく専門病棟とブレストセンターが開設されました。乳癌の患者さんに特化して診療に当たる場ができたことで,看護師や薬剤師が専門性をより発揮しやすくなったと思います。特に看護師は自分たちのノウハウを活かせる場ができて,乳がん看護認定看護師の資格を取得するなど,各自がビジョンを持って勤務する姿が見られるようになりました。チームカンファレンスを始めたのはこのような時期でした。

――チームカンファレンスには,どのような目的があるのですか。

中村 チームによる診療を円滑に行うためには,チームの構成員全員が標準治療について,共通の認識を持っておくことが大切です。ですから,カンファレンスは,患者さんをみるすべての人が同じ土俵上で,標準とそれ以外のものをきちんと分けることができるように共通認識を持つ場だと考えています。

――聖路加国際病院では,患者さんの精神的なケアにも力を入れていると伺いました。

中村 乳癌発症のピーク年齢は40代後半であり,ほかの癌に比べて若い傾向があります。40代後半の女性というと,家庭であれば妻であり,母であり,社会においても中核的な存在です。周囲とのかかわりも多種多様なので,それぞれが固有の悩みを抱えがちです。心のケアについては看護師が大切な役割を果たしますが,ソーシャルワーカーやリエゾンナース,臨床心理士,精神科や心療内科の先生方との連携も非常に重要です。

 また,患者さんは一定期間の入院や数か月にわたる抗癌薬の治療を余儀なくされるので,ご家族,特にお子さんの精神面のケアも重要になってきます。子どもの精神的なケアの中心となるのは,チャイルドライフスペシャリスト(CLS)です。

――CLSは,どのような役割を担っているのですか。

中村 CLSは子どもの成長・発達を支援する専門職として,1950年代から米国を中心に発展してきました。聖路加国際病院には,米国でCLSの資格を取得した臨床心理士が勤務しています。子どもを持つ患者さんにCLSを紹介し,希望があれば小児科医とともにお子さんの心のケアをお願いしています。例えば,親が子どもに自分の病気についていかに上手に伝えるか,子どもが母親の病状を知ったときに受けるショックをどうやって和らげるかなど,私たち外科医がなかなか一歩踏み込んで介入できない部分をサポートしてくれています。

 また,患者さんが亡くなった場合などは,母親を亡くしたショックで心を閉ざしたり,うつになったりする子どももいます。ですから,小児科医やCLSがその後のお子さんの様子を見ながらフォローしてくれるのは,非常に心強いです。

――チーム医療の延長線上として,近年病診連携も注目されています。

中村 東京都では,今年乳癌の「東京都医療連携手帳」(がん地域連携クリティカルパス)ができましたが,連携はface to faceのコミュニケーションがあってこそ成り立つものだと思います。最近乳癌診療に携わるクリニックも増加しているので,クリニックの先生方が見つけた癌を疑う病変に確実に診断をつけ,癌であればこちらで治療し,その後の長期的なフォローアップはクリニックにお願いするという,絶え間ない循環が求められます。そのために,患者さんの情報を共有するだけでなく,現在の標準治療についての勉強会を定期的に開催するなど,密接な連携体制をつくっていきたいと考えています。

――先生は,この6月から教育の現場に身を置かれていますが,今後の抱負をお話しいただけますか。

中村 大学では,学生のうちからチーム医療を教育できるという利点がありますね。特に,医学,保健医療学(看護学科,理学療法学科,作業療法学科),薬学,歯学という医系総合大学に勤務することになったのは大きいと思います。昭和大学は,1年目に全学部の学生が寮生活をし,ともに授業を受けます。また,多職種連携教育なども積極的に行っているので,臨床に出てからのネットワークが非常にしっかりしていると感じます。

 乳癌診療にはもともと「患者中心」という志向があり,他の癌種と比較しチーム医療をいち早く取り入れてきた経緯があります。現在,臨床実習のカリキュラムなども作成しているところですが,チーム医療について学ぶ,有用なフィールドにしていきたいと考えています。

(了)

:NCCN 腫瘍学臨床実践ガイドラインTM
遺伝的要因/家族歴を有する高リスク乳がん・卵巣がん症候群.
http://www.q9.s023v.squarestart.ne.jp/nccn_gl/gl11gene.pdf


中村清吾氏
1982年千葉大医学部卒。同年聖路加国際病院外科レジデント,87年同院チーフレジデント,89年同院外科医幹,93年同院情報システム室室長兼任。97年米国M.D.アンダーソンがんセンターにて研修,同年聖路加国際病院外科副医長,99年カナダマクマスター大にてEBM研修,2003年聖路加国際病院外科医長,05年同院ブレストセンター長,乳腺外科部長を経て,本年6月より昭和大教授。現在日本乳癌学会理事,日本医療情報学会評議員などを務める。『乳癌MRI診断アトラス』(医学書院)など編著多数。