医学界新聞

FAQ

寄稿 小谷 祐樹

2025.03.11 医学界新聞:第3571号より

 「留学してみたいけど,具体的に何をしたらいいんだろう?」

 留学に憧れる人なら誰もが抱く疑問です。私も同じ気持ちでした。この漠然とした問いに対して,自分一人で明確な答えを出すのは簡単なことではありません。そんな疑問に対する私なりの答えを,自身の経験を交えながら,3つの考えるべきこと()にまとめてお伝えします。

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図  留学したいと思ったら最初に考えるべき3 つの問い

 まず,留学したい理由を自分自身で明確にすることが重要です。留学の理由が定まらない限り,次のステップには進めません。留学によって国外でしか得られない貴重な経験ができる一方で,リスクも伴います。言葉の壁や文化の違いで苦労する人もいますし,経済的な負担も小さくはありません。さらに言えばわざわざ海外に行かずとも,日本国内でも成長する方法は多く存在します。それでも「留学したい!」と思えるほどの強い理由を一言で説明できるようになることが,全ての出発点となります。

 理由が自分の中で明確であれば,留学に向けて具体的にどう動き出せばいいのかが見えてきます。逆に,留学したい理由が曖昧なままだと,留学先の選定が難しくなるだけでなく,実際に留学してから困難に直面した際に後悔する可能性も高くなります。時間がかかっても構いません。納得のいく答えが出るまで,じっくり考え抜きましょう。

 私の場合,「ランダム化比較試験(RCT)の計画から論文出版までのプロセスを学びたい」というのが留学を志した最大の理由でした。この目的を達成するために,RCTを数多く実施している施設で,アイデアの創出から研究実施,論文執筆,そして結果公表に至るまでの各プロセスに自らかかわり,体感する必要があると考えました。

留学したいと思ったら初めにすべきは理由の明確化です。自分の目的意識を言語化しておくことで留学先の選定もしやすくなり,留学後の経験も充実したものになるでしょう。


 留学の目的が明確になれば,留学先の選定も容易になります。たとえば研究留学であれば,自分の興味分野で世界をリードしている国や施設,研究者をリストアップすることができます。臨床留学の場合,留学したい国によって条件が変わってきます。アメリカで臨床を行うにはUSMLEという医師国家試験に合格する必要があり,試験対策の時間も考慮する必要があります。カナダやオーストラリアでは,日本の医師免許に加えて英語試験(TOEFLやIELTS)の受験および専門医資格の取得で留学が可能になる場合もあります。

 留学先にどの国を選ぶかによって,その後のキャリアパスも大きく異なります。国や施設の検討には,先輩たちの経験談が非常に役立ちます。身近に留学経験者がいない場合でも,WebやSNSなどを活用して情報収集することが重要です。経験者しか知り得ない貴重な情報が数多く存在します。

 私自身は,イタリアにあるVita-Salute San Raffaele大学の麻酔集中治療講座に研究留学しました。その理由は,集中治療分野で数多くのRCTを実施していたからです。私が研究留学先を選ぶ際に重視したポイントは,その施設から発表されている論文の「筆頭著者」と「研究分野」を確認することでした。筆頭著者を確認することで,若手にも執筆のチャンスが与えられているか,貢献が業績として反映されているかがわかります。また,主要な研究分野を把握することで,自分の興味とマッチするかを事前に予測できます。

 とはいえ,イタリア行きを決意するにはいくつかの懸念もありました。まず,その施設では過去に日本人留学生を受け入れた実績がなかったこと。次に,非英語圏であることです。しかし,家族や上司と相談を重ねるうちに「前例がないからこそ,新しい人脈を築き,貴重な経験を得られるのではないか」と考えるようになりました。この視点の転換によって,不安は次第に薄れ,むしろ未知の環境に飛び込むことへの期待が膨らんでいきました。「前例がないからこそ,挑戦する価値がある」と確信したのです。

特定の国や地域にこだわらず,自分の目的に最も合った施設を選びましょう。興味のある分野で世界をリードしている国や施設,研究者を調べ,Webサイトや先輩からの情報も参考にしながら検討しましょう。

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 留学中の資金管理は大きな課題です。近年の円安と物価上昇によってその負担はさらに増しています。特にビザ取得には,滞在期間中の安定した資金確保が求められるため,渡航前に十分な資金源を確保することが不可欠です。加えて,予期せぬ出費も考慮する必要があります。私自身,ビザ申請に必要な公的書類の準備,航空券の変更,渡航前のホテル滞在といった想定外の支出を経験しました。スムーズにビザが発行され,予定通り渡航できるとは限らないという認識を持つことが重要です。事前に柔軟な資金計画を立てておくことで,予期せぬトラブルにも対応しやすくなり,精神的な余裕を持って留学準備を進められます。

 さらに,留学中は仕事だけでなく,異国での生活そのものも大切な経験です。国内外への旅行や文化体験に費やす余裕があると,留学生活がより充実したものになります。主な資金源は以下の通りです。

給与:臨床留学であれば,留学先から給与が支給されることが一般的です。一方,研究留学は無給の場合が多いです。

留学助成金:多くの団体がさまざまな金額・期間の助成金を提供しています。応募資格は団体によって異なりますが,年齢(概ね38~40歳が上限)や博士号の有無が重要な基準です。

貯金:当然のことですが,貯金は多いに越したことはありません。渡航前にしっかりと貯金する人が多く,給与があっても貯金を取り崩して生活するケースは少なくありません。

 特に留学助成金について,私の経験をもとにお伝えします。大切なのは,応募可能な助成金には全て応募することです。多くの助成金は必要書類が似ているため,一度申請書を完成させれば,他の助成金にも応用できます。助成金申請に必要な主な内容は①留学後に行う研究計画,②留学する施設の特徴③応募者の経歴・業績の3つです。

 特に①留学後に行う研究計画は,事前に留学先と綿密に打ち合わせをしなければ書けません。留学後の成果に直結する重要な内容です。私自身も,渡航前から指導教官と何度も相談を重ね,メールの返信がなくても粘り強くリマインドを送りました。その結果,研究テーマが決まり,助成金の獲得にもつながりました。

ビザ取得や渡航時の予期せぬトラブルにも備え,留学を検討し始めた段階から十分な資金を用意しておきましょう。留学助成金の獲得に当たっては,応募可能な助成金には全て応募するようにしましょう。

留学を考え始めたら,まず❶「なぜ留学したいのか?」を自分自身が納得できるまで明確にしましょう。目的がはっきりすれば,❷「どこに留学したいのか?」も決めやすくなります。また,留学先との面談でも,志望動機を簡潔に伝えられるでしょう。行き先が決まれば,物価の相場がわかるので,❸「留学資金をどう確保するか?」も具体的に計画できます。❶ → ❷ → ❸の順に考えることで,「留学してみたい!」という漠然とした希望が,実現可能なアクションプランに変わります。皆さんが実際に渡航の日を迎えることを心から応援しています。


亀田総合病院集中治療科 部長代理

2013年京大医学部卒。日赤和歌山医療センターにて初期・後期研修を行い,18年に亀田総合病院集中治療科へ。22年からは2年間イタリアに研究留学をする。帰国後,24年より現職。ICUや集中治療医のキャリアに関するPodcast「ICUトーク」のパーソナリティ。
X ID:@YukiKotani5

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