大丈夫な日本をつくるために
連載
2008.07.21
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
介護労働者の処遇改善に関する法律
第169回の国会で小さな法律が成立した(2008年5月21日)。それは,「介護従事者等の人材確保のための介護従事者等の処遇改善に関する法律」である。以下が法律の全文である。
「政府は,高齢者等が安心して暮らすことのできる社会を実現するために介護従事者等が重要な役割を担っていることにかんがみ,介護を担う優れた人材の確保を図るため,平成21年4月1日までに,介護従事者等の賃金水準その他の事情を勘案し,介護従事者等の賃金をはじめとする処遇の改善に資するための施策の在り方について検証を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。
附則 この法律は公布の日から施行する。」
主語は「政府」のみである。政府(government)とは,「近代国家における決定作成と統治の機構,英米系の国家では立法・司法・行政の総称だが,ドイツ系の国家と日本では,内閣および行政機構を指す」(広辞苑 第5版)。
介護現場は,低賃金で労働条件が厳しいことを背景に人手不足が深刻となっている。こうした事態を打開するために,民主党は,「介護労働者の人材確保に関する特別措置法」を提出した。同案では,介護労働者の平均賃金の見込み額が認定基準額を下回らない介護事業者を「認定事業者」として認定し,認定事業者に対して介護報酬額を加算することで,介護労働者1人あたりの賃金を月額2万円程度引き上げることを目指していた。
その後,与野党協議において財源確保の問題などが議論された。その結果,同案が撤回され,来年4月までに介護労働者の処遇改善策を検討し,必要な措置を定めることになり,超党派による議員立法が全会一致で可決,成立したのである。
小さな安心がいつも確認できるところ
「1人では寝起きもできない私を無理して世話していた妻」が入院したため,特別養護老人ホームに「緊急避難」している多田富雄さんは,認知症の老人たちと介護職員の社会について「介護の職員たちのたとえようもない優しさは何でしょう。人の嫌がることでも喜々としてやってくれる。介護には人間の本性が表われます」と書いている。さらに人間の本性を「滅び行く者への共感,弱者の“あわれさ”への同情」であると分析し,「これがある限り日本は大丈夫だと思いました」と希望を述べ,「こういう職業に,国の制度は手厚く報いなければなりません」と指摘している。
また,2人の老人の死亡に言及して,彼らは「病院で死ぬよりずっと手厚い看護を受け,家族にみとられて,安らかに死んでゆきました」,これは「本人も家族も救急車で病院に送られることを拒み,施設で死ぬことを希望した」からだとつけ加えている。そして,「人の幸せは,小さな安心がいつも確認できるところにある」と結論づけている(朝日新聞2008年6月17日朝刊)。
一方,こんな世界もある(国際看護第272号)。1週間前に父が他界したという文章で始まるその記事は,父親を施設から自宅に引き取ることができなかった事情を語った後に,父親が帰りたくないふりをしていた理由には,「わがまま爺さんのクドい愚痴にも,いやな顔ひとつせず気持ちを汲み取り,なだめるのでもなく,愚痴のもとをよく見分け,手を尽くしてくれるナースがいたからである。最期の夜を看取ったのも彼女であった。彼女は目に涙をいっぱいためて頭を下げてくれた」のであり,「私は地べたに這いつくばりたい思いだった」と記している。
成立した法律は,条文が一項目だけで具体案のない「奇妙な法律」(全労連)という批判もあるが,「大丈夫な日本」をつくるために威力を発揮してほしいものである。
(つづく)
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