診断プロセスを評価する(綿貫聡,徳田安春)
連載
2019.12.23
ケースでわかる診断エラー学
「適切に診断できなかったのは,医師の知識不足が原因だ」――果たしてそうだろうか。うまく診断できなかった事例を分析する「診断エラー学」の視点から,診断に影響を及ぼす要因を知り,診断力を向上させる対策を紹介する。
[第12回(最終回)]診断プロセスを評価する
綿貫 聡(東京都立多摩総合医療センター救急・総合診療センター医長)
徳田 安春(群星沖縄臨床研修センター長)
(前回よりつづく)
ある日の診療
救急外来の指導医で,診療部門でのトラブル症例についてフィードバックを受ける立場にある私はある日,救急外来を受診した後に帰宅となり,2日後に虫垂炎の診断で入院となった事例について,担当診療科から,初回の救急外来受診の段階で診断できなかったのかとの意見が寄せられ,事象の振り返りを行うこととなった……。
診断プロセスに問題はなかったか?
診断エラーはその性質上,事象が起こった後に後ろ向きにその判断についての合理性が問われることが多い。その評価を行う上で最も妥当な基準となるのは,カルテ記載である。
過去に行われた診断エラーの研究では,インシデント・アクシデントレポートをトリガーに,専門家複数人で診断プロセスの評価を行った後,診断エラーの有無を評価する等の過程が踏まれている。しかしその評価の均質性を担保することは難しい課題である。
診断エラー領域での学術研究の第一人者・米ベイラー大のHardeep Singh医師はこの問題に対しての一つの解決策としてSafer Dx Instrumentという評価指標を提唱している1)。診断の機会の喪失があったかの観点について,次の13の独立した項目について1(強く反対する)~7(強く同意する)で,複数人が評価するものである。
1)記録された病歴から診断プロセスで考慮されなかった他の診断を想起する
2)記載された身体所見から診断プロセスで考慮されなかった他の診断を想起する 3)患者の病歴や症状経過を考慮に入れると,病歴,身体所見,以前の記録(過去の検査結果など)についてのレビューが不十分だった 4)注意すべき症状やred flagsに従った行動が認められなかった 5) 診断プロセスは,患者やプライマリ・ケア提供者によってケアチームに提供された不十分/不正確な臨床情報により影響を受けた 6)臨床情報は検査やコンサルテーション等追加評価を受けるべきだった 7)診断推論は,患者の病歴と症状経過を考慮に入れると不十分であった 8) 施行もしくは記録された診断的データ(生理・放射線検査など)は後に付いた最終診断との関連の中で誤った解釈をされている 9)フォローアップが適切に設定されず,臨床情報が誤った解釈をされた 10)鑑別診断が記載されていない,もしくは記載された鑑別診断に最終診断が含まれていない 11)最終診断はケアチームが最初に予想した診断(もしくは暫定診断)から派生したものではない 12) 最初の症状や臨床経過が最終診断においてほぼ典型的であった 13)結論として,1)~12)に基づき,本事例は正確かつ適時な診断において,診断機会を喪失している |
診断プロセスに生じた問題を適切に評価するために
とは言え,この結果のみでは診断エラーの有無を判断できない。繰り返し述べたように,診断エラーの背景には複数要因が存在する。認知バイアスが生じることも個人の問題ではない。環境/状況要因の影響を多大に受けた結果の臨床判断である可能性が高い。
カルテには,その場の診療体制,どれだけの患者が来院していたか,診療の繁忙さ,医師個人が何人の患者を同時に診療したか,その重症度・緊急度の状況などの環境要因についての記載はない。医師と患者・家族のコミュニケーション状況もAMA(Against Medical Advice)が生じなければ,特に描写されないのが日常であろう。追加のコンテクスト収集が必須なのである。
また,評価そのものに対しての後知恵バイアスにも注意が必要である。実際に過去の論文では,仮想の症例を用いて診断プロセスの妥当性を評価した場合,転帰が良くないことを知った状態でのフィードバックでは,診断プロセスにおいて問題があったと評価しやすいことが示されている。587人の救急医が救急外来における仮想症例に対しての評価を行った論文2)では,ケアが良い/悪いと明らかに判断できる事例の場合には診療結果を知ることによる影響を受けにくいと示された。一方でケアの評価が難しい症例であると診療結果の影響を受けやすいと示された。
では,診断エラーがあったかもしれない事例を評価する際,何に気を付けるべきか。前述のSingh医師は,Safer Dx Instrumentを使う際の留意事項として,表の9項目を推奨する1)。併せて,留意事項を示した補足資料Safer Dx Process Breakdown Supplementなどを用いて診断エラーの有無を振り返り,診断エラー減少に向けたシステムの改善につながることを期待したい。
表 Safer Dx instrumentを利用した診断プロセス評価時の留意事項(文献1より作成) | |
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診療その後
Safer Dx Instrumentを用いながら診断プロセスの詳細な評価を行った。今回の事例の背景に存在する環境因子,状況因子の調査も併せて行った。今回の事例においては,初回診察時点での診断は困難であったが,外来フォローアップの設定において改善の余地があると判断された。この事例経過について,院内のM&Mカンファレンスでの症例提示を行い,帰宅後のフォローアップ設定についての救急外来におけるプロトコール作成につなげた。
今回の学び
・診断プロセスを適切に評価するためには,カルテに記載されていない情報を収集し,複数名で評価を行うことが望ましい。 ・カルテ記載にない環境要因が診療に影響を与え得ること,患者アウトカムが診断プロセスの評価に影響を与え得ることに注意が必要である。 |
診断エラーの背景は複雑であり,医療現場に存在する構造的な問題の結果とも言える。改善のためには,問題が存在することの指摘や,関心を高めるのみではなく,より多くの学際的人材の関与と,環境の改善や資源投入が必要である。本連載がそのきっかけとなれば幸いである。
(了)
参考文献
1)Diagnosis (Berl). 2019 [PMID:31287795]
2)Ann Emerg Med. 2011 [PMID:21227545]
3)Am J Hosp Pharm. 1991 [PMID:1814201]
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