授業がもたらす不思議な感覚(井部俊子)
連載
2019.09.23
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部 俊子 長野保健医療大学教授 聖路加国際大学名誉教授 |
(前回よりつづく)
その日,私は不思議な感覚に包まれて教室をあとにした。その「感覚」を表現すると,楽しいことのあった保育園児が,ひとりごちて“よかった”と言ってスキップして帰るような体験である。
私の肩書きが示しているように,私の現在の仕事は「教育」であり,人前で講演をすることや,看護学生や看護師を対象に授業をする機会が多い。しかし,今回の体験のような,いわば「満ち足りた一体感」を得ることは極めて少ない。
シナリオから離れる
教育学者・哲学者の西平直氏は「大学の教師になりたての頃,たくさんの学生の前で話をすることがとても苦痛だった。どうすればよい授業ができるのか,その手がかりを求めて,あれこれ彷徨(さまよ)った」と述べ,最後にたどりついたとする『稽古の思想』(春秋社,2019年)を出版している。「手がかりを求めてさまよううち,準備は必要だが,状況に合わせてそのシナリオから離れるのは大切だ,と考えるようになった」というコメント(朝日新聞,インタビュー「著者に会いたい」,2019年6月1日付)に私はうなずくものがあった。私も教員になりたての頃は,学生に授業することが最も緊張する仕事であった。
西平氏は,「学生たちの前で話をするのは,恐怖に近かったですね。うまくゆく時と,ゆかない時がある。なぜか,というのが出発点でした」と同じインタビューで答えている。たしかに,授業開始時間の直前まで授業案を練っていてはよい授業はできないと私も経験的に思う。つまり,「身につけたわざを手放す」作業をしてから学生たちの前に立つと,こだわりから解き放たれ,肩の力を抜いて授業を始めることができることを私は学習した。
舞いおりた不思議な体験
それでは,冒頭で書いたレアな体験内容を,記念に書き残しておきたいという私のわがままにお付き合い願いたい。
8月は,聖路加国際大学教育センター主催の認定看護管理者ファーストレベルプログラムが開講される。およそ1か月間,75人の受講生が集中講義を受ける。講義時間は10~13時と14~17時であり,1日2コマで組まれる。
私はプログラムの前半に7コマの授業を担当した。その7コマ目が「看護サービスマネジメントと看護提供体制」であった。「不思議な体験」はこの授業の終わりに起きた。
授業は基本的に「チーム基盤型学習(Team-Based Learning;TBL)」に基づいている。TBLとは内発的動機付けと問題基盤型の学習を主体とした成人学習理論に基づく教育方法である。1970年代後半に,Larry K. Michaelsenが,40人のクラスを120人に拡大する必要に迫られて編み出した教育方略であり,2000年前後から医学教育に取り入れられるようになった。
TBLには特徴的な仕掛けがある。コアとなる要素は「チーム構成」「レディネスの保証」「即時フィードバック」...
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