半側と片側(福武敏夫)
連載
2019.05.20
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第11回]半側と片側
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
半側空間無視や半側顔面攣縮における「半側」とはとても奇妙な言葉です。「半」は八(わけるの意)+牛からなり,二つに分けた牛の意味です。その熟語を半円,半球,半天,半日,半月,半年と並べてみると,空間や時間を数学的に半分にする意味で用いられてきたことがわかります。
「側」の真ん中の貝は「鼎(かなえ)」の省略形であり,その側面に「刂(かたな)」で印を刻んだことから,結局「側」は側面を意味します。一側,両側,右側,左側ならわかりますが,「側=側面」に半分はないわけで,「半側」という言葉は全く理解できませんし,漢和辞典に収載されていません。しかし,Google Scholarで検索すると,「半側」は1892年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の報告で使用されており,現在の中国にも逆輸入(!?)されています。私は,hemispatial neglectは「半空間性無視」が,hemifacial spasmは「半顔面性攣縮」が望ましいと考えます。
「片」は木を二つに割った右側の形で,あまり数学的な意味を含みません。その熟語の大半は「かけら」という意味を持っており(片鱗,片言,片隅,片時,片手間),二つで一組になるものの一方であっても真半分ではありません(片麻痺,片手,片足,片肺,片親,片道)。『大漢和辞典』(大修館書店)では「片側」は「一方の側」とされており,使用に問題はないですが,半分の意味ならhemiは「半」に統一したいです。
「片」では片頭痛と偏頭痛の問題があります。この疾患を表す用語としては1世紀ローマの“heterocrania”が最初で,2世紀にはガレノス(ギリシャの医学者)が“hemicrania”を用いています。13世紀のフランスでの翻訳時にmigraineが採用されましたが,miはhemiからheが脱落し,graineはcraniaがなまったものです。migraineは両側の痛みのこともありますが,主に片側に生じますので,「片頭痛」が妥当な用語です。1530年に成立した『清原国賢書写本荘子抄』には「偏はかたかたぞ。偏頭痛。正頭痛」という文があるようですが,migraineを意味しているかはわかりません。
ところで,中国では偏頭痛が用いられ,hemispatial以外はhemiplegia=偏瘫(日本語では片麻痺)やhemiballismus=偏身投擲運動(片側バリズム)と,一貫してhemi=偏のようです。しかし『大漢和辞典』では「偏側」は「かたよる/かたむく」と解釈されており,偏頭痛はやはり違和感の残る言葉です。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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