震えと振るえ(福武敏夫)
連載
2019.03.18
漢字から見る神経学
普段何気なく使っている神経学用語。その由来を考えたことはありますか?漢字好きの神経内科医が,数千年の歴史を持つ漢字の成り立ちから現代の神経学を考察します。
[第9回]震えと振るえ
福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経内科部長)
(前回よりつづく)
日本ではtremorの訳語として「振戦」が定着していますが,中国では「震顫」という難しい漢字が当てられています。パーキンソン病(Parkinson's disease)の最初の名称はshaking palsyであり,これには1925年頃から「振顫麻痺」が当てられて1950年代まで使用されました。症状としての「振顫」も1960~70年代まで用いられました。
「振戦」の「戦」は戦うの意ではなく,「おののく」という意味から来ており,戦々恐々という熟語もあります。「戦」か「顫」かには立ち入らないことにして,運動異常症としてのふるえには「震え」か「振るえ」のいずれが適切かを考えます。
「震」と「振」に共通の「辰」は二枚貝が殻から足を出している形で,ふるえるくちびる(唇)の意味を持ちます。「震」は雨+辰からなり,「震」は雷雨が人を驚かせるさまから自動詞の「ふるえる」ことを表し,地震,震動,震撼などの熟語があります。「振」は手+辰からなり,「ふる」ことを表します。手部の漢字を,持つ,打つ,投げる,払う,抑える,招く,拡げる,抱く,握る,撮るのように並べますと,全て手の動作を表現する他動詞です。
意図しないふるえには自動詞の「震」を当てるほうが適切と思われ,「振戦」に代えて「震戦」を推奨したいです。「震戦」は1891年から用例があり,最近でも用いられています。
ところで,「振る」はミタマノフユ(神的な霊力)のフユの同根語とされ,物を揺り動かして霊威を招き寄せ,霊力や生命力を呼び起こすことを表します(『万葉語誌』筑摩書房,2014年)。古代語から考えれば,「振る」は「経る」,「古」,「旧る」,「触る」,「降る」(いずれも読みはフル)などと関連があり,フルは霊力の依り憑きを表す語であったらしいのです。
(つづく)
この記事の連載
漢字から見る神経学(終了)
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