医学界新聞

連載

2018.04.02



栄養疫学者の視点から

栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。

[第13話]科学的根拠に基づいた利益相反

今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)


前回よりつづく

 前回(第3263号),HPVワクチンについて,その安全性を認める研究にもそうでない研究にも利益相反が潜んでいる可能性があることを述べました。しかし,「利益相反が疑われる」と個人的な意見を述べるだけでは,情報の質としては高くありません。

 科学的根拠に基づいて「利益相反がある」と考えるには,こうした不正を生む疑いがある研究とない研究の結果を比較して,異なった結論が導き出されているかを検証する方法が挙げられます(JAMA. 2003[PMID:12928469])。そこで今回はこうした科学的検証が行われた例を踏まえて,疫学領域における利益相反について考えてみたいと思います。

■喫煙とアルツハイマー病との関係を調べた研究のメタ解析では,利益相反の影響が示唆されました。たばこ業界と関連のある著者らによる3つの前向きコホート研究からは喫煙とアルツハイマー病罹患率とに有意な関係がみられませんでしたが,業界と関連のない14の研究からは正の関係が認められました(J Alzheimer’s Dis. 2010[PMID:20110594])。

■スタチンと他の薬剤の効果を比較した192のランダム化比較試験において,製薬企業の協力を受けた研究ではその企業の製品に有利な結果・結論を導く傾向がありました(PLoS Med. 2007[PMID:17550302])。ただし,LDLコレステロールへの効果量の推定については,企業の協力の有無は関係がないことが後のメタ解析で確かめられました(BMJ. 2014[PMID:25281681])。

■アルコール摂取と脳卒中発症率の関係を調べた18の前向きコホート研究において,企業の関与があると判断される研究ではアルコール摂取量が多いほど脳卒中の発症率が低いとの結果を導く傾向がありました(Drug Alcohol Rev. 2015[PMID:24602075])。一方,総死亡率,心血管疾患の発症率・死亡率については,企業の関与の有無による結果への影響は認められませんでした。

■薬の臨床試験をレビューした39の総説において,企業のサポートを受けている著者らによる総説では薬の効果を支持する結論が導かれやすいことが報告されています(BMC Med Res Methodol. 2008[PMID:18782430])。

■糖質を含んだ飲料水と体重との関係を検証した17の総説において,食品企業との関与が疑われる著者らの総説では加糖飲料水の摂取と体重の増加には因果関係はないという結論を導く傾向が示されました(PLoS Med. 2013[PMID:24391479])。

 以上のように,(因果関係はいえないものの)既存の研究や総説について利益相反の度合いを検証することが可能です。このような系統的・包括的なレビューを介した検証がない場合は,「利益相反がある」というエビデンスは弱いと考えるのが適当でしょう。

 しかしこうした検証を行うに当たっては複数の問題点があります。まず,日本の特定保健用食品(トクホ)のように多くの研究が企業の主導で行われている場合や,HPVワクチンの介入研究のように企業からの支援が多く認められる場合は,上記のような研究は非常に難しくなります。また企業との関係とは別に,例えば個人的な業績・名声に対する欲求や特定の業界への偏見が客観性をゆがめる場合も考えられます(例:White hat bias,Int J Obes(Lond). 2010[PMID:19949416])。そのような場合は性質上,検証は困難で,研究機関や研究グループが積極的に予防線を張ることが求められます(Conflict of Interest in Medical Research,Education,and Practice. 2009[PMID:20662118])。

 特に公衆衛生上重要な課題に関する研究については,公平性を確保しバイアスを払拭できるような改革が重要になってくると思います(例:政府主導の研究,研究内容の事前の登録,匿名化されたデータのシェア)。こうした仕組みを利用したエビデンスの構築には時間を要しますが,医学研究において真に客観性が保たれるようになればと思います。

つづく

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