遺伝子組み換え作物の可能性(今村文昭)
連載
2018.05.07
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第14話]遺伝子組み換え作物の可能性
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
近年特に話題性の高くなった低炭水化物食について本連載でも今後触れる予定ですが,その前に炭水化物摂取とも関連する遺伝子組み換え(Genetically modified;GM)作物について述べたいと思います。GM作物にはさまざまな種類があります。害虫や農薬,悪天候への耐性を高めるもの,種子を作らせないもの(種を売り続ける利益のため),そして栄養価を高めるものなどが広く知られています。
一般的にもたびたびその安全性が危惧されてきたように,GM作物のヒトへの悪影響は報告がないわけではありません。特定の遺伝子を導入した結果,その遺伝子から合成されるタンパク質に対するアレルギー反応が引き起こされた例などです(N Engl J Med. 1996[PMID:8594427])。こうした可能性や環境影響への懸念から,GM作物の利用に当たっては適切な試験とモニタリングを行うことが重要です(Nat Biotechnol. 2016[PMID:27153279])。現状としてはそのための法整備と実践がなされるとともに,さまざまなGM作物が北米を中心に多くの国々で生産されています。
では,栄養価を高める目的で作られたGM作物は健康に良い効果をもたらすのでしょうか。世界では数百万人の子どもがビタミンA欠乏症にかかっているとされていますが,その対策の一環として「ゴールデンライス」の普及が挙げられます(Nat Biotechnol. 2005[PMID:15793573])。ニンジンのようにβ-カロテンを合成するようデザインされたGM米です。しかし,期待の寄せられたゴールデンライスの介入研究の論文は,倫理審査の問題のため撤回されるという結果に終わりました(Am J Clin Nutr. 2015[PMID:26224301])。その後,同様の考えで作られたGMトウモロコシ「オレンジメイズ」の摂取はビタミンAの体内濃度を上げることが,ビタミンAの安定同位体を用いたザンビアの研究から報告されました(図のA)。
図 遺伝子組み換え作物の効果(論文のデータを基に作成)(クリックで拡大) |
エラーバーは95%信頼区間。A:ザンビア(Am J Clin Nutr. 2014[PMID:25411289])B:グアテマラ(Am J Clin Nutr. 2006[PMID:16400050])C:ブルキナファソ(Eur J Clin Nutr. 2017[PMID:27759065])*p<0.01 |
穀物に多く含まれるフィチンはミネラルの吸収を阻害することが知られ,亜鉛や鉄の欠乏症に負の影響をもたらしていると考えられています。この問題に対し,フィチン含有量が低くなるよう工夫されたGMトウモロコシがあります。しかし,そのGMトウモロコシの介入研究では,亜鉛の同位体を用いて測定した亜鉛吸収量に有意な効果が見られませんでした(図のB)。その一方,雑穀がゆ(porridge)摂取時にフィチン消化酵素(フィターゼ)を添加するという別の研究では,亜鉛吸収率の上昇が認められています(図のC)。これらの研究ではGMトウモロコシの効果は不十分である可能性,そして酵素添加のように他のアイデアと比較する必要性が示されています。
これらの研究の対象になったのは栄養素の欠乏症の問題がある地域に住む子どもたちです。血中の栄養素濃度は指標のひとつでしかなく,GM作物の介入による欠乏症への影響など検証したい事柄はまだ多くあります。しかし,リソースの限られがちな国際医療領域で,安価で問題のある研究や作用機序の考察のみに頼らず,確固たるエビデンスを提供しようとする上述の研究を行った学者の努力は素晴らしいです。
さて,読者の皆様はGM作物が飢餓や栄養素の欠乏症で苦しむ世界の子どもたちを救えるとしたら,あるいはワクチン効果を有する作物が感染病を予防したり花粉症で苦しむ人たちを救えたりするとしたら,遺伝子組み換えであっても支持しますか(PNAS. 2007[PMID:17573530])? GM作物に関するこうした問いが医学界においても興味と考察,議論の種となればと思います。
(つづく)
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