研修事例④急変対応シミュレーション “とりあえず”行う研修にしないために(政岡祐輝)
連載
2017.09.25
院内研修の作り方・考え方
臨床現場で行われる研修会や勉強会をより効果・効率・魅力的な内容にするために,インストラクショナルデザインを用いた研修設計をご紹介します。初めて教育委員を任された「はじめさん」,頼れるベテラン看護師「ゆう先輩」と一緒に,教育を専門に学んでいなくても自信を持って教えられるスキルを学びましょう。
【第6回】研修事例④ 急変対応シミュレーション “とりあえず”行う研修にしないために
政岡 祐輝(国立循環器病研究センター副看護師長/熊本大学教授システム学研究センター連携研究員)
(前回よりつづく)
シミュレーション学習の残念事例
(はじめさん) ゆう先輩! 今度,急変対応の研修に,シミュレーション学習を取り入れてみようと思うんです!
(ゆう先輩) 何でシミュレーションなの?
(はじめさん) 知識は理解していても,実際に行動できるか,いつ遭遇するかわからないのでやろうと思っています。
近年,臨床現場の教育でもシミュレーション学習が浸透し,多くの研修や勉強会で用いられるようになりました。しかし,次のような残念事例もよく見受けられます。
1)シミュレーションが目的化してしまっている
2)学習目標が不明確である
3)必要な知識を理解できていない学習者にシミュレーションを実施し,デブリーフィングが知識の伝達時間になっている
4)見ているだけで終わってしまう場合がある(何度もトレーニングを重ねられない)
5)インストラクターやファシリテーターによって学習到達度が変わる
シミュレーション学習は実際の急変場面ではミスできない事例を模擬的に体験し,試行錯誤しながら理解できる利点があります。研修以外にもOJTや教材整備などの学習支援として有用ですが,1)のように“とりあえず”行えば良いわけではありません。
本連載ではこれまで,学習目標の明確化が重要と述べてきました。学習テーマが「急変対応」でも,急変が何を指すのか,急変時の対応にどのようなスキルが必要かを踏まえて学習目標を設定しなければ評価はできません。
また,シミュレーション学習に臨む学習者は,模擬実践に必要な知識をあらかじめ備えていることが前提です。実際は3)のように,シミュレーション中やデブリーフィングでインストラクターによる知識の確認や補足の講義が展開されていることを見掛けます。
4)は,時間のかかるシナリオ型シミュレーションに多く,模擬実践を繰り返し学ぶことができない状態や,終始見学で終わってしまう学習者が発生してしまう研修もあります。臨床現場でパフォーマンスを発揮できる適切な参加人数の設定や,主体的な行動を阻害しない適度なグループ学習が大切です。
5)に関して,シミュレーション学習では模擬実践を振り返るデブリーフィングが重要です。シミュレーションの2~3倍の時間を要すとも言われますが,時間よりも効果的なフィードバックをいかに与えるかが重要です。そのため,デブリーフィングを行うファシリテーターによって学習到達度が変わってしまっては問題です。教える側は綿密な設計を行い,ファシリテーターがいなくても,学習目標に到達できる研修をめざすべきです。もちろん,設計とファシリテーターは互いに補完し合うもので,学習の促進者としてファシリテーターは重要な役割です。
GBSの構成要素とは
(はじめさん) 急変対応に必要な知識の学習は終えているので,シナリオ型シミュレーションをやろうと思っています。設計の参考になるモデルはありますか。
(ゆう先輩) もちろん,あるよ!
今回紹介するのは「ゴールベースシナリオ(GBS)理論」です1)。行動することによって学ぶシナリオ型教材を設計するために,R. C. Schankによって提唱されました。「失敗することで学ぶ」経験を現実的な文脈の中で擬似的に与えるため,以下の7つの構成要素から考えます。それをベースにした急変対応事例が表です。シナリオ型シミュレーションとして実施する際は,ショックの分類,迅速評価,挿管介助,心肺蘇生アルゴリズム,コミュニケーションスキルなど,シナリオの中で必要な知識の理解は前提です。早速,各構成要素を詳しく見ていきましょう。
表 GBS構成要素に対応した「急変対応」の事例(クリックで拡大) |
1)使命
学習者の目標達成に導く要素は次の3つがあります。①学習者がやる気になり達成しようと思うこと,②学習に入り込みやすいように学習者の知識や興味に関連付けられていること,③学習目標となるスキルや知識を使わせるものであること。
2)カバーストーリー
これは,使命を現実的な課題として位置付ける導入的文脈で,次の考慮点が挙げられます。①話の中に設計者側が教えたいと思うスキルを活用し,知識を探し出す十分な機会が設けられている,②話は面白みがあってやる気を与えるものである,③一貫性があって現実的な内容である。
3)役割
学習者がカバーストーリーの中で演じる人を指します。必要とされるスキルを学習するのに,最も適した役がシナリオから選ばれる必要があります。学習者が演じる役割はあらかじめ特定されていることが重要です。
4)学習目標
設計段階で学習者に何を学んでほしいかをはっきりさせることが重要です。学習目標は,目標達成に必要な知識をどのように実行するかの「プロセス知識」と目標達成に必要な情報である「内容知識」の2つに分類されます。
5)シナリオ操作
学習者が使命を達成するために行う全ての作業を指します。①使命と学習目標の2つが密接に関連付けられているか,②学習者相互もしくは教材とのやりとりを通して学習者が結果を出せるように構成されているか,③学習者が練習できる場をできる限り多く用意されているかの3点がポイントです。
6)フィードバック
適切なコンテンツの中で設定され,適切なタイミングで提供されなければなりません。フィードバックはコーチもしくは類似経験を持つ専門家の話を通して提供されます。
7)情報源
学習者が使命を達成するために必要とする情報を意味します。①学習者が使命を達成できることを支援するように簡単にアクセスでき,よく構成された情報を十分に用意すること,②学習者自身が望んだときにいつでも情報を入手できるように設定することが重要です。
*
実際は,もっと詳しく練って情報を盛り込む必要があります。現場の課題やニーズに合わせ,GBSの構成要素に対応した研修を設計してみましょう。
教え方のポイント→学習目標到達のためにベストな方法は何かをもう一度見直し,シミュレーション学習を選択する。
|
(つづく)
[参考文献]
1)根本淳子,他.ゴールベースシナリオ(GBS)理論の適応度チェックリストの開発.日本教育工学会論文誌.2006;29(3):309-18.
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