医学界新聞

連載

2017.01.16



ここが知りたい!
高齢者診療のエビデンス

高齢者は複数の疾患,加齢に伴うさまざまな身体的・精神的症状を有するため,治療ガイドラインをそのまま適応することは患者の不利益になりかねません。併存疾患や余命,ADL,価値観などを考慮した治療ゴールを設定し,治療方針を決めていくことが重要です。本連載では,より良い治療を提供するために“高齢者診療のエビデンス”を検証し,各疾患へのアプローチを紹介します(老年医学のエキスパートたちによる,リレー連載の形でお届けします)。

[第10回]終末期の輸液,どう判断する?

玉井 杏奈(台東区立台東病院 総合診療科)


前回よりつづく

症例

 93歳女性,重度認知症で2年前から介護老人保健施設に入所。現在は寝たきりで発語もない状態。時折,ペースト食を数口摂取する程度となった。「このまま穏やかに」と長女は望んでいたが,「点滴もしていないとはどういうことか」と親戚から責められたという。


ディスカッション

◎終末期における輸液に,予後延長や脱水による症状緩和といった医学的意味合いはあるのか?
◎気道分泌物増加,浮腫の増悪などの有害事象は起こるのか?
◎適切な輸液の量は? 投与か差し控えかの判断はどうする?

 終末期の患者の多くで経口摂取量の低下がみられ,その要因は食欲低下や嘔気嘔吐,認知機能低下,せん妄など多岐にわたる。人工的水分(以下,輸液)投与の実施には医学的,倫理的,法的側面が影響する1,2)。患者本人が意思決定できない場合も多いからこそ,可能な限りのエビデンスを把握したい。なお,今回はあえて胃瘻や中心静脈栄養などについては触れない。

医学的必要性よりも心理的負担に配慮

 終末期における輸液の実態を見てみると,老年医学会会員への調査では,末期認知症に対して約半数が「末梢輸液を継続し,自然経過に委ねる」と回答した。理由としては,医学的必要性よりも家族や医療スタッフの心理的負担への配慮が多く挙げられた。輸液を差し控えると回答したのは1割程度であり,多くの回答者が実施にも差し控えにも倫理的問題を感じていることがわかった2)

 末期がんについてはどうだろうか。国内の緩和ケア病棟に入院している患者のうち,輸液を受ける患者の割合は最期の2週間で徐々に増加し,直前48時間には67%に上った。一方で1000 mL/日以上の輸液を受ける患者の割合は徐々に低下していた。緩和ケア医は多くの末期がん患者に輸液をするものの,量は徐々に絞っていく傾向にあることがうかがえる3)

末期がん患者への輸液の医学的利点は限定的

 輸液の医学的利点としては,主にQOLの向上と生存期間の延長が期待される。しかしながら,2014年のコクランレビューでは,双方に関して明確な結論を出すだけのデータが不足しているとされている4)。末期がん患者を1000 mL/日の補液群と100 mL/日のプラセボ群とに分けて比較した最新のRCTでも,脱水による症状緩和,せん妄・ミオクローヌスの減少,QOL向上,生存日数の延長いずれの効果も認められていない5)。一方で,がんによる消化管通過障害があり,予後が限定的ではあるもののPS(Performance Status)の良い患者においては,輸液はQOL向上につながるというデータもある1,6)

 有害事象については,腹腔内臓器がん患者の観察研究で,死亡前の3週間以内に1000 mL/日以上の輸液を行った場合,輸液非投与群と比較して浮腫,腹水,胸水の増悪を認めた7)。気道分泌物の増加については,この研究では有意差がなかった。一方,緩和医療学会の「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版)」では,複数の観察研究結果を踏まえ,輸液量を1000 mL/日未満に絞ることで浮腫や気道分泌物の増加は起こりにくくなると結論付けている6,8)。非がんについては,輸液の効果・有害事象ともに,エビデンスが圧倒的に不足している。予後予測や...

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