医学界新聞

連載

2016.07.25



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第4回 コミュニケーション・トレーニングの効果測定

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 土曜日の夕方,感電して電柱から墜落した作業員が山間部の病院に運ばれてきました。外科医は学会出張中,残っているのは初期研修医ばかり。直近の三次救急病院に搬送するには1時間以上かかります。さてどうしましょう……。


 救急搬送時間は,救命率を左右する要因にもかかわらず年々延伸傾向にあり,2014年には全国平均で39.4分1)に達しました。また,最初に運び込まれた病院では対応できず,より高次の医療機関へ搬送する場合には,治療開始がさらに遅れ,救命率も下がることが危惧されます。したがって転院搬送の要否を見極め,関係機関と連携しつつ迅速に対処する能力は,救急医療従事者にとって大変重要です。

 そこで米国ウェストバージニア州では,既存の「地方外傷チーム開発コース(Rural Trauma Team Development Course;RTTDC)」に「コミュニケーション・トレーニングコース(以下,COMM)」を加えることで転院搬送の迅速化を図る研究2)が行われました。RTTDCは手技と情報伝達に関する講義とチーム演習を含む7時間の研修,COMMはコミュニケーション能力の講義と演習からなる1時間の研修です。

 この研究に参加した14病院のうち,2病院36人の救急医療従事者(医師,看護職,救急救命士,事務職)はRTTDCとCOMMの両コースを受講(R+C群),3病院の81人はRTTDCのみを受講しました(R群)。一方,9病院所属の181人はどちらも受講しませんでした(未受講群)。

客観的指標を用いた測定により,顕著な教育効果が明らかに

 受講後,各病院における転院搬送の「時間」を測る指標として,①転院搬送決定(患者到着から転院搬送決定までの)時間,②搬送先確保(転院搬送決定から搬送先決定までの)時間,③搬送手段到着(転院搬送決定から救急車や救急ヘリが到着するまでの)時間が用いられました(図1)。これに加え,転院搬送の「手間」を表す指標として,④打診機関数(搬送先確定までに受け入れを打診した医療機関の数),⑤接触隊数(搬送手段確定までに接触した救急隊の数)が収集・比較されました。

図1 患者到着~搬送手段到着の各所要時間

 その結果,①転院搬送決定時間,③搬送手段到着時間,⑤接触隊数において3群間に有意差が見られました。第一に,転院搬送の決定が,未受講群(114.4分)より受講群(R+C群77.2分/R群95.7分)において,より短時間で完了しました(図2)。受講コースが1つ増えるごとに約20分ずつ短くなっているのがわかります。搬送先・搬送手段の運用状況などに依存する搬送先確保時間・搬送手段到着時間とは異なり,転院搬送の判断は外的要因の影響をほとんど受けません。つまりこの転院搬送決定時間こそ外傷チームの能力が如実に反映される重要な指標であり,それが約40分も短縮されたのは非常に意味のある結果と言えます。

図2 トレーニング別転院搬送所要時間と内訳(単位:分)
*RTTDC(Rural Trauma Team Development Course)=地方外傷チーム開発コース(所要7時間)
*COMM=コミュニケーション・トレーニングコース(所要1時間)

 第二に,搬送手段との連携も受講群のほうが迅速でした。まず搬送手段到着時間は,受講群(R+C群31.1分/R群67.2分)と未受講群(77.4分)の間に顕著な違いがありました。特にR+C群では他群の半分以下となっています。また接触隊数も,R+C群(0.86隊)のほうがR群(1.13隊)と未受講群(1.19隊)より少なく,最初に接触した隊の多くが要請に応じたことがわかります。いずれも隊との連携が向上した結果ととらえることができますが,外的要因(例:救急隊の出動状況)の影響もあり,全てがトレーニングの成果と考えるのは難しいところです。

 最後に,搬送先の決定に関しては搬送先確保時間・打診機関数のいずれも3群間で有意差はありませんでした。これらは外的要因(例:患者重症度や打診先の稼働状況)に大きく影響されるため,連携能力の向上だけでは容易に改善できないことがうかがえます。

短時間の基礎的内容でも十分な効果

 コミュニケーション能力の向上には最低でも半日の取り組みが必要という通説3)に反し,COMMがわずか1時間で大きな成果を挙げたことは特筆に値します。なお,この研修で用いられた「SMCR」()は1960年代に発表されたモデルであり,現在のコミュニケーション学で使われている,格段に洗練された概念モデルの数々に比べれば,“原始的”とすら呼べるほどの基礎的なものです。

 このような短時間かつ基礎的な内容の研修にした理由として,著者らは①長時間だと受講者を集めにくい,②基礎的なほうが初学者に理解されやすい,③地元で名の通った外科医が講師を務めれば受講者への訴求力が増すと考え,外科医単独でも教えられる基礎的な内容にとどめたという3点を挙げていますが,いずれも理に適っていたというわけです。いわば解剖学を学んだことのない人にいきなり先端医療技術を説くよりも,まずは人体図の説明から始めるのが順当なのと同じことを示しています。

 またこの研究では,教育効果の測定に際し,受講者個人の自己評価ではなく,病院ごとの客観的指標を用いた点が当を得ています。人命にかかわる現場では,当事者個人の印象よりも具体的に何がどう改善されたのかという客観的な事実が重要になるためです。

いいことずくめも盲信は禁物!

 このような特色が見られるものの,この研究も完璧とは言えません。第一に,各病院の割付に関する記述がありません。もし14の病院が3群のいずれかにランダムに割り振られ,その中でR+C群の転院搬送時間が最短だったのであれば問題はありません。しかしそうではなく,病院側の意向に応じた割り当てだったとしたらどうなるでしょう。「2つの研修両方の受講を希望した(教育熱心な)病院では,日頃から迅速な転院搬送が行われていた。良好な成績は通常業務の反映にすぎず,今回の研修の成果ではない」という可能性が残ります。これを除外するには受講前の実態との比較が必要ですが,本論文にその報告はなく,受講前後で(どの程度)短縮されたのかは不明です。

 第二に,指標の測定時期が示されていません。受講直後であれば教育効果の即効性や持続性に疑義が生じるというように,測定のタイミングは考察に影響しますが,論文中では言及されていません。これでは,いざ皆さんが臨床現場に生かすとなったときに,効果を発揮する場面を正確に見いだすことができません。

 最後に,搬送判断の妥当性や実際の救命率も,できれば指標に含めるべきでした。どれほど迅速な判断でも間違っていたら無意味です。したがって転院搬送(および検討の結果転院搬送に至らなかった)例の妥当性について考慮すべきだったと考えます。一方,救命率は搬送時間以外にも多様な要因(例:重症度)の影響を受けますが,研究の究極の目的がその改善である以上,「搬送時間短縮=救命率向上」という前提に甘んじず独立した指標として加えることが望ましいと思います。

 コミュニケーション学の一流誌に掲載された論文でも盲信は禁物,功罪を整理しつつ読むようにして,現場に生かしたいものです。

現場で実践!

●短時間かつ基礎的な研修でも初学者には十分効果がある。
●自己評価以外にも教育効果の適切な測定方法がある。

つづく

:「送り手(Sender)」「内容(Message)」「手段(Channel)」「受け手(Receiver)」の4要素に分けて理解する,コミュニケーションのモデル。

[参考文献]
1)総務省消防庁.平成27年版 救急・救助の現況.2015.
 http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h27/12/271222_houdou_2.pdf
2)TA Avtgis, et al. Improve the communication, decrease the distance:the investigation into problematic communication and delays in inter-hospital transfer of rural trauma patients. Communication Education. 2010;59(3). 282-93.
3)Street RL. Interpersonal communication skills in health care contexts. In:Greene JO, Burleson BR, editors. Handbook of communication and social interaction skills. Mahwah, NJ:Erlbaum;2003. pp. 909-33.

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