医学界新聞

連載

2016.05.30



わかる! 使える!
コミュニケーション学のエビデンス

医療とコミュニケーションは切っても切れない関係。そうわかってはいても,まとめて学ぶ時間がない……。本連載では,忙しい医療職の方のために「コミュニケーション学のエビデンス」を各回1つずつ取り上げ,現場で活用する方法をご紹介します。

■第2回 医療者のコミュニケーション能力

杉本 なおみ(慶應義塾大学看護医療学部教授)


前回よりつづく

 ある脳外科病棟の合同カンファレンス。薬剤師や栄養士,理学療法士も交えて情報を共有する「多職種連携の場」という触れ込みで始まったものの,今ではおのおのの関心事について淡々と資料を読み上げるだけの「職種対抗独演会」と化しています。

 何とかせねばと思っていた矢先,ある論文1)に巡り合いました。「最高の申し送りにおいては相手の情報提供行動と自分の社会感情的行動が高く評価される」と書かれていたので早速実践してみることに。「情報が詳細なほど評価が高い」という結果を踏まえ,各職種から極力情報を引き出すよう心掛けました。また「相手への配慮が感じられる発言ほど評価が高い」というので,誰彼となく「大丈夫?」と声を掛けるようにしました。しかし進むのはなぜか「連携」ではなく時計の針ばかり……。


自己評価に頼りすぎない

 医療者には,「対患者」に限らず,他の医療職との協働に必要な「対医療者」コミュニケーション能力が求められます。しかしこれは比較的新しい概念であり,臨床知の蓄積はまだ十分とは言えません。それだけに研究から得る知見も積極的に活用したいところですが,その場合には研究結果をうのみにせず,そこに至る研究手法にもざっと目を通すことが肝要です。

 というわけで冒頭の論文の「方法」を読んでみると,「自己評価への不適切な依存」という問題に気付きます。このオンライン調査では,286人の看護師が「今までに経験した中で最高(または最低)の申し送り」を振り返り,その際の自他の行動について48項目の尺度を用いて評価しています。

 しかしながら「最高(または最低)の申し送り」の選定基準は各回答者に委ねられており,評価内容も「私は相手の質問に対し余すことなく答えた」という具合に,当事者の自己申告に基づくものだったのです。つまり,ある回答者が自分の行動を高く(=「余すことなく答えた」と)評価したからといって,相手も同様に感じたという確証はありません。また,たとえそれが妥当な自己評価であったとしても,他の回答者はそのような申し送りを「最高」ではなく,冗長で「最低」だったと判断するかもしれません。

 このような危ういデータを量的に分析し,「最高の申し送りにおいては,相手の情報提供行動と自分の社会感情的行動が高く評価される」という結果を得たとしても,有益な情報とは言えません。これを現場に適用しても成果を得られる見通しがないのは当然です。

主観を数量化して「客観性を演出」することの危険性

 医療現場のコミュニケーションに関する研究の中には,このように「自己評価に不適切に依存した」データ収集方法を用いたものが紛れています。当事者の自己評価にすぎない回答内容を,尺度を用いて数量化し,あたかも客観的な評価に基づく結果であるかのように報告しているのです。

 例えば,入職時に「私は患者さんに対し適切な対応ができる」という項目に最低点「1」という自己評価を下した新人に対し,1時間程度の研修を実施します。その直後に全員の自己評価が「4」か「5」に上がり,統計的には有意差が得られたので,「研修により新人の対応能力が向上した」と結論付ける。これは「研究業績を増やすための論文」や「病棟で押し付け合った院内研究」に多く,現場の問題解決には役立ちません。

 誤解のないように言い添えれば,主観や自己評価に頼る研究手法自体に問題があるわけではありません。医療現場には,痛みのように主観によらざるを得ない感覚や現象が数多くあります。また自己効力感のように,自己評価による測定が適した要因も存在します。このような主観や自己評価も,究めれば客観的指標以上に現象の本質に鋭く迫ることができます。にもかかわらず,これらのデータを量的に分析して客観性を演出しようとするのは,実はその研究者自身が主観や自己評価の持つ力を信じていないことの表れではないかと思います。

 このように,医療者のコミュニケーション能力に関する研究成果を現場で活用する際には,その結果だけでなく,基になるデータがどのようにして集められたか,またそれがどのように分析されたか,という点にも目を向けることが大切です。

合同カンファレンスを活性化するには?

 「難しい話はそのくらいにして,そろそろ具体的な助言をお願いします」という切実な声が脳外科病棟から聞こえてきました。では,話し合いの最中に「進行に関する言動」(procedural statements;PS)がなされると,その後にどのような行動が続くかを調べた別の論文2)を見てみましょう(図・表)。

 「進行に関する言動」の後には積極的行動が続く(文献2より作成)

 「進行に関する言動」の種類と具体例(文献2より作成)

 この研究によれば,PSの後には積極的行動(例:行動計画を立てる)が続くことが多く,消極的行動(例:不満や批判を述べる)が続くことはごくまれです。また全員が偏りなくPSを発したチームのほうがより高い満足度を示すことがわかりました。

 分析に用いたのは,会議の動画記録と満足度アンケートの回答という2種類のデータです。動画記録は,各メンバーの実際の言動を評価者がコード化した上で分析されています。一方アンケートの回答は,いわゆる「自己申告」ですが,満足度という内容を鑑みるに特に問題のない測定方法です。

 実はこの会議,参加者の9割が男性であり,ドイツの企業で行われたものなので,その知見を「脳外科病棟の合同カンファレンス」に全て適用するにはもちろん限界があります。しかしそれでも冒頭の研究と比べればはるかに信頼でき,現場にも取り入れやすい研究結果だと思います。

 コミュニケーション行動の自己評価に伴う問題と取り扱いの難しさから,近年のコミュニケーション学研究においては自己評価の単独使用が減り,他者・第三者評価の単独使用や併用が主流となりました。今後,医療者のコミュニケーション能力を研究する際にも参考にしたい傾向です。

現場で実践!

●医療コミュニケーション研究の成果を現場で活用する際は,研究手法を確認することが肝要です。
●「まず○○から話し合いましょう」や「ここまで話し合った内容は……」という発言がカンファレンスを活性化させます。

つづく

[参考文献]
1)AR Streeter, et al. Communication behaviors associated with the competent nursing handoff. Journal of Applied Communication Research. 2015;43(3):294-314.
2)N Lehmann-Willenbroc, et al. A sequential analysis of procedural meeting communication:How teams facilitate their meetings. Journal of Applied Communication Research. 2013;41(4):365-88.

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