医学界新聞

連載

2016.02.08



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第14話:診断のエピステモロジー

青柳有紀(Consultant Physician, Northland District Health Board/Honorary Lecturer in Medicine, University of Auckland, New Zealand)


前回からつづく

 皆さん,いかがお過ごしですか? この連載が皆さんの手元に届くころ,私はオーストラリア南部の都市,メルボルンで急性期胸部エコーのトレーニングを受けています。ニュージーランドの公立病院に勤務する全ての医師(指導医レベル)には,毎年10日間の生涯医学教育(CME)休暇と,日本円に換算して約120万円の教育補助が保証されています。使い道はかなり自由で,国際学会や各種トレーニングへの参加費(旅費や滞在費も含む)だけでなく,教科書の購入や医学雑誌の購読など,おのおのの関心に基づいて使うことができます。医学は日進月歩なので,教育の機会が一人ひとりの医師に権利(および義務)として認識され,保証されているのは,至極真っ当だと思います。

 前回に引き続き,今回もそんなニュージーランドからの症例です。

[症例]46歳の女性。主訴:嘔気・嘔吐,極度の全身倦怠感。1型糖尿病の既往あり。2日前から全身倦怠感が出現した。腹部不快感および嘔気・嘔吐のため,外出もままならず,昨日からほとんど何も経口摂取していない。発熱,悪寒,呼吸器症状,尿路症状,胸痛はない。心配した小学生の息子が隣人に連絡し,救急搬送された。

 ER到着時のバイタルは体温37.1℃,血圧113/65 mmHg,心拍数96/分(整),呼吸数20/分,SpO2 96%(room air)。血糖値420 mg/dL。診察時,患者は疲弊した表情で,問診に対する受け答えが不明瞭な点もあるものの,見当識は保たれている。「甘酸っぱいにおい」のする口臭あり。口腔内粘膜所見は正常。腋窩は湿っている。胸部聴診で異常なし。腹部触診で上腹部に非限局性の軽度圧痛あり。筋硬直や反跳痛はない。神経学的所見に特記すべき事項なし。心電図も正常。動脈血ガス分析の結果は高アニオンギャップ性代謝性アシドーシスに合致し,尿および血清ケトンも陽性だった。糖尿病ケトアシドーシス(DKA)の診断が下され,生食輸液投与およびインスリンの点滴静注が開始された。

 繰り返し行われた問診で患者は,処方されていたインスリンは指示通り使用していたと話すものの,ここ数日間の血糖値の推移については曖昧な返答を繰り返した。入院時の採血でHbA1cの値は12.3%,入院歴を調べると,DKAによる入院が過去3年間に2回記録されていた。

あなたの鑑別診断は?

 「鑑別診断ですって? 診断なら,もうついているじゃない!」

 まあまあ,落ち着きなさいって。

 1型糖尿病の既往がある患者の症例です。主訴,現病歴,身体所見および各種検査からDKAの診断が下されています。典型的と言っていい症例です。DKAの要因にはのようなものがあり,これらの可能性を丁寧に考慮することは臨床上とても重要です。特に,最もコモンな要因とされる感染1)を見逃すことは時として患者の生死にかかわることがあり,不適切な服薬が背景にある場合,その改善を図る努力を怠ると,患者の再入院につながる恐れもあります。

 糖尿病ケトアシドーシスの主な要因(参考文献1をもとに作成)

 この患者の場合,やはり気になるのは普段の1型糖尿病のコントロールについてです。最近の血糖値の推移について明確に答えていない点も気になりますし,何よりも「処方されていたインスリンは指示通り使用していた」と述べているにもかかわらず,HbA1cの値が不良なコントロールを示唆しているのも気になるところです。また,最近数年間にDKAで複数回の入院歴があります(基本的なことですが,入院歴を含む患者のカルテをチェックする習慣をつけることは,レジデントにとって非常に重要なことです)。それから,第7回(3133号)でも触れましたが,こういうときこそ患者をよく知るかかりつけ医にすべからく電話し,この患者の既往や関連する問題について,問い合わせてみましょう(所要時間は5分とかからないでしょう)。

 研修医たちと回診に向かいます。基本的にインスリンの点滴静注が必要となるDKAの治療では,血糖値,pH,電解質など,モニターしなくてはならない項目がいくつもあります。バイタルサインとこれらのパラメーターの推移を確認し,昨夜のER到着時から現在までの患者の治療への反応を判断します。既に回診を済ませているチームのregistrar(後期研修医)にとっては,DKAのマネジメントは手なれたもので,彼女の中で今後の治療方針は決まっているようでした。私が「この患者さん,このあとどうしたい?」と聞くと,彼女は自信ありげな様子で答えました。

 「ケトアシドーシスは順調に改善しているので,長時間作用型インスリンを開始し,2時間かけて徐々にインスリン静注点滴を減らしていきます。カリウムもすでに補充されていますし,輸液をD5 half normal saline(半分の濃度の生理食塩水に5%ブドウ糖を加えた輸液)に変えて継続します。既に専門の看護師から成る「糖尿病ケアチーム」に連絡してあるので,自宅での適切なインスリン使用のための患者教育がされることになるでしょう」

D & D

 病室に入ると,疲弊した表情の患者がベッドに横になっていました。いつものように自己紹介し,現病歴と社会歴を確認し,身体所見を取り,これまでの治療と,これからの治療方針について説明します。その中で,再度服薬歴について確認します。

「普段の糖尿病治療について,何か問題や困難なことはありますか?」
「……いいえ。特にありません」

 さらに具体的に聞いてみました。

「今回入院される前,処方された量とは違うインスリンを使ったり,インスリンを使わなかったことがありますか?」
「……」

 しばらく沈黙があったので,さらに10秒ほど待ち,静かに話しかけてみました。

「ずいぶん長い間,インスリンによる治療を続けられていますが,それは簡単なことではなかったのではないですか?(「私なんて,1日3回服用の抗菌薬だってすぐに飲み忘れてしまうのですから」)

 すると,彼女が嗚咽し始めました。私は「後ほどまた伺います」と伝えて,病室を後にしました。

 その日の午後,彼女が私に病室で話してくれたことは,通常の病歴聴取の枠組みではとらえきれないという点において,非常に興味深いものでした。12歳の息子のこと。かつて,日本の熱海の大型観光ホテルで歌手として活動していたこと。もう一人いた息子は,数年前のこの時期(11月)に亡くなったこと。だから,毎年11月になると,生きていることがつらくなること。1型糖尿病患者だという理由で,同僚や友人たちに,いつも憐憫のまなざしで見られ,それが苦しいこと。糖尿病外来でこれまで会ってきた医師や看護師に,自分がまるで「糖尿病の治療に関して理解のない人間」のように扱われるのが不本意なこと,等々。

 確かに,患者の問題を「アドヒアランス不良」として結論付けてしまえば,registrarの治療方針に関する判断は正しいでしょう。しかし,それは一人の人間として彼女を理解し,効果的なケアを提供する際には,あまりに表面的で的外れなものでした。私たちは,患者と接する際に,病歴(history)を重視するが故に,その(あたかも過去から現在が一本のロジカルな直線でつながっているかのような)文脈でしか,知らず知らずに他者を理解できなくなっているかもしれないのです(一般的に,医師が堅物でつまらない種類の人間と思われがちなのは,その証左かもしれません)。

 彼女の希望を基に,同じ疾患を抱える患者会への参加と,心理カウンセラーへの紹介を約束しました。40分くらい彼女と話したでしょうか。病室を出るとき,彼女が私を呼び止めました。

「どうもありがとう。話せてよかったです。自分が“ケア”されていると感じたのは,本当に久しぶりです」

今回の教訓

◎患者のカルテは,入院歴はもちろん,他科の外来分も含め,必ずチェックする。

◎既存の病歴聴取のモデルは,われわれが診断を下す上で極めて有用であるが,一人の人間としての患者を理解する上では(当然のように)限界がある。

◎「診断」を「効果的なケア」につなげるためには,従来の病歴聴取のモデルから得られる情報のみならず,患者一人ひとりの置かれた状況について,耳を傾ける姿勢を失わないこと。

つづく

参考文献
1)Kitabchi AE, et al. Hyperglycemic crisis in adult patients with diabetes. Diabetes Care. 2009 ; 32(7) : 1335-43.〔PMCID : PMC2699725〕

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook