医学界新聞

連載

2015.08.10



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第8話:HIVの既往あり

青柳 有紀(Consultant Physician/Whangarei Hospital, Northland District Health Board, New Zealand)


前回からつづく

先月,私はルワンダでの2年の任期を終え,今月からはニュージーランド北島にある教育病院で指導医として働いています。それでは,早速今日の症例です。

[症例]56歳男性。主訴:食事中の胸のつかえ。7年前にHIVと診断された。以後,ST合剤を予防的に服用している。抗HIV薬の服用経験はない。半年前にかかりつけのHIVクリニックで計測したCD4値は700/μLだった。3週間くらい前から,食事中に胸の奥でつかえるような感じを自覚した。症状の程度は姿勢や呼吸などに影響されない。食欲低下はないが,食事摂取量は減っているように思う。この2か月間で体重は6 kg減少した。嘔吐・下痢なし。便通に異常はなく,黒色便なし。目まいや息切れなどもない。咳嗽なし。発熱,盗汗なし。10代後半から1日1箱ほど喫煙していたが,2か月前にやめた。飲酒も同時期にやめた。

 入院時のバイタルおよび身体所見は以下の通り。体温36.0℃,血圧110/78 mmHg,心拍数90/分,呼吸数11/分,SpO2 96%(room air)。患者の外観は痩せ気味で,わずかに側頭部の筋肉が減少している。眼瞼結膜は正常。口腔粘膜に白苔などの異常所見なし。頸部リンパ節腫脹や甲状腺の腫脹は触れない。心音および呼吸音は正常。胸部に圧痛は認めない。腹部所見も正常。皮疹なし。

サハラ以南のアフリカでは,ST合剤の予防的服用がHIV感染者における肺炎,マラリア,下痢性疾患などによる死亡率を有意に下げることが知られており,CD4値にかかわらず服用が推奨され,一部の国ではガイドライン化されている。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう考えますか? 「胸の奥で食べ物がつかえる感じ」という症状は,特に長期の喫煙歴と飲酒歴がある高齢者に見られた場合,即座に食道癌を想起させるものです。嚥下障害は食道癌患者の約70%に,また嚥下痛は約20%に見られ,体重減少も約60%に報告されています1)。この「食べ物がつかえる感じ」という訴えは,食道癌も含め,しばしば食道における何らかの機械的な閉塞(例:食道ウェブ,食道狭窄,縦隔内腫瘍による圧迫など)を示唆しており,その場合,固形の食物と比較して,液体の食物摂取時のほうが通常は症状が軽いのが特徴です(問診で確認してみましょう)。固形か液体かにかかわらず症状の程度に変化がない場合,機能的な障害(例:アカラシア,びまん性食道けいれん,強皮症など)を考慮して,そこから鑑別診断を組み立ててみてもいいでしょう。

 もちろん,機械的な閉塞が原因になっているとしても,時間の経過とともに閉塞が進展すれば,固形あるいは液体にかかわらず食物の嚥下は困難になります。したがって経過を追うことは(他のあらゆる内科的疾患と同様に)とても重要です。患者はおよそ3週間前から症状を自覚しはじめたと報告していますが,「喫煙と飲酒を2か月前にやめた」理由は何でしょうか? 喫煙および飲酒歴がある患者が,ある時点で禁煙や断酒をしていた場合,その理由を必ず聞いてみましょう。主訴に関連した体調の変化の時間経過を知る手掛かりになることがあるからです。この患者の場合,その後の問診で,既に2か月前の時点で胸部不快感に伴う体調不良を自覚しており,それが原因でタバコと酒を絶ったことが判明しました。どうやら,当初考...

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