医学界新聞

連載

2015.07.13



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第7話:コール・ミー・ホエン・ユー・キャン

青柳 有紀(Clinical Assistant Professor of Medicine, Geisel School of Medicine at Dartmouth/Human Resources for Health Program in Rwanda)


前回からつづく

 いきなりですが,問題です。次のうち,レジデントが最も有効に活用していないと考えられる診断器具はどれでしょう?(答えは後で)

1.聴診器
2.打腱器
3.眼底鏡
4.音叉
5.電話

[症例]82歳男性。主訴:顔面浮腫。糖尿病性腎症のため透析療法を受けている。2日前から徐々に増悪する顔面浮腫のため来院した。認知症の既往があり,現在は介護施設に在住。病歴聴取を試みるが,意思疎通が困難である。また,付き添いの職員は普段の患者の状態をあまり把握していない様子である。発熱および咳嗽はないが,軽度の呼吸苦を訴えている。胸痛なし。消化器症状なし。

 入院時のバイタルおよび身体所見は以下の通り。体温36.2℃,血圧147/90 mmHg,心拍数88/分,呼吸数19/分,SpO2 94%(room air)。顔面はやや紅潮し,非限局性の浮腫を認める。頸部の軟部組織にも同様に浮腫を認める。口腔粘膜および中咽頭所見は正常で,口唇などに特に顕著な浮腫はみられない。頭頸部の触診ではcrepitusを触れない。圧痛や熱感もない。心音および呼吸音,腹部所見は正常。左上肢に透析シャントあり。両下肢に軽度の圧痕を残す浮腫を認める。

あなたの鑑別診断は?

 82歳の透析患者にみられた顔面および頸部浮腫の症例です。認知症の既往があり,詳細な病歴聴取が困難な様子です。現在の患者の容体は安定しているように見えますが,軽度の呼吸苦を訴えており,頻呼吸気味で,かつSpO2も許容できる下限に近く,警戒を要する状態です。可能な限り早く,また効率的に鑑別診断を挙げて,必要なワークアップを行いたいところです。でも,顔面浮腫の鑑別診断って,ちょっと難しいですね。

 アレルギー性の機序を考える方は多いと思います。症例提示文では服薬歴が与えられていませんが,サプリメントやハーブ類,食事などが要因になった可能性を検討する必要がありそうです。また,血管浮腫(angioedema)に該当する既往の有無なども確認したいところです。また,感染性の機序,例えば顔面の蜂窩織炎や副鼻腔炎,口腔や頸部に関連した膿瘍形成なども考慮されますが,限局性の浮腫ではないこと,また圧痛や熱感を伴わないことから,可能性としては低いように思えます。

 透析療法中の患者であることから,最近の透析スケジュールに変更や遅延がなかったかも確認したいところです。しかし,もしも患者の症状が体液貯留に関連しているとすれば,やはり浮腫が頭頸部に限局し,肺やその他の部位に浮腫に合致する所見がみられないことは不自然に思えます。同様の理由で,例えば甲状腺機能低下症に関連した粘液水腫のような内分泌的疾患の可能性も低いように思われます。

 心血管系の機序,中でも上大静脈症候群(superior vena cava syndrome; SVCS)は鑑別診断に入れておきたいです。その名の通り,外側からの圧迫や内腔における血栓形成などにより上大静脈が閉塞して起こる疾患です。かつてはそのほとんどが縦隔や胸腔内の悪性腫瘍に関連したものでしたが,近年では血管内カテーテルの使用などに関連した非悪性腫瘍性のものが35%を占めると報告されています1)

D & D

 当時,ニューヨークで2年目のレジデントとして働いていた私は,SVCSの症例を経験したことがなく,知識としてこの患者の鑑別診断に挙げていただけでした。患者本人からの病歴聴取が困難だったこともあり,少しでも診断の手掛かりを探るために,介護施設から転送されてきた資料にあった,かかりつけ医に電話をしてみました。

「もしもし,ベス・イスラエル・メディカル・センターで内科レジデントをしているアオヤギと申します。○○さんのことでお電話しているのですが,今,よろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「○○さんが昨晩からこちらに入院されているのですが,顔面浮腫がありまして,それから……」
「あー,また血栓ができちゃったか。以前,透析シャントを作る前にカテーテルを入れていたのだけど,それからSVCSを繰り返していてねぇ。CTを撮って確認するといいよ」
「(!)」

 あっけない展開に,とりあえず報告をすべく,今度は指導医に電話をしました。

「もしもし,ユウキです。あの,○○さんのかかりつけ医に連絡を取ってみたのですが,それによると……」
「あー,アタシも電話した。SVCSでしょ。CT撮っておいて。じゃあね」
「(!!)」

 ほどなくして造影CTが施行され,SVCSの診断が確定しました。

 電話は,医療従事者にとって極めて重要な情報交換のためのツールであり,診断機器の一つとさえ言えるものです。かつて,日本で卒後1年目のインターンとして働いていたときに,カリフォルニア大学サンフランシスコ校の内科教授,ローレンス・ティアニー先生に教えていただく機会があったのですが,その際にティアニー先生が話してくれた印象的なエピソードがあります。それは,原因不明の腹痛を訴える患者に関して,かつてのかかりつけ医に電話することで,悪性黒色腫の既往が確認され,腹腔内転移という最終診断に至ったという症例でした。

 診断機器としての電話は,必ずしも有効活用されているわけでもなさそうです。私が現在働いているルワンダの三次医療機関のレジデントたちも例外ではなく,重症患者を転送してくる地方病院からの書類の不備を嘆くばかりで,暇さえあればポケットから取り出して眺めている携帯電話の有効性にまったく気付いていないようです。患者についてのより詳細な情報が欲しいなら,まずは紹介元に電話をかけるべきなのに!

 また,電話は,診療にかかわる各科の専門医と密に情報を共有したり,各種検査結果をより多元的に理解する上でも有効です。例えば,感染症医にとって細菌検査室と良好なコミュニケーションを維持することは死活的問題ですが,その大きな理由の一つに,信頼できる検査技師さんとこまめに連絡を取ることで,いち早く染色や培養結果を知ることができ,また彼らの豊富な経験に基づいた意見(その多くは,公式なレポートとして残らないものであったりします)を聞くことができるという点があります。「まだ正式な培養結果としては報告できないが,おそらくこの細菌は○○だろう」といったような会話のやり取りが,感染症医と細菌検査室の間では,毎日のように行われているのです。

 同様のことは,画像診断結果についても言えることです。多忙な放射線診断の専門医が丁寧に読影し,その結果を公式なレポートにまとめるまでにはどうしてもタイムラグが生じますし,急を要する症例の場合には,こまめに電話で連絡を取り,場合によっては読影室に直接足を運んで読影を優先してもらう積極性が臨床医には求められます。また,「公式な読影結果としては記載されない重要な情報が存在する」という認識も重要で,放射線診断の専門医と直接コミュニケーションを取ることで,文章化されない彼らの鑑別診断や,経験に基づいた印象についても知ることができます。

 多忙な彼らを煩わせることになるのでは,という危惧は無用です。私自身は,日本でも,アメリカでも,ここルワンダでも,検査技師や放射線科医とのこうしたやり取りの際に疎まれたりしたことは一度もありません。むしろ,十分すぎるくらい丁寧に説明してもらえることがほとんどです。それは,プロフェッショナルとしての彼らの矜持だと思いますし,そんな彼らからいつも多くを学ばせてもらっています。

今回の教訓

◎レジデントにとって,電話は,有効に活用されるべき重要な診断機器の一つである。

◎公式に報告される検査結果が全てではなく,その裏には文章化されない臨床的に有益な情報が存在する。

◎患者のケアに当たる医療従事者間の情報のやり取りに際しては,相手に対し常に敬意を示し,お互いに協力を惜しまないこと。

つづく

【参考文献】
1)Wilson LD, et al. Clinical practice. Superior vena cava syndrome with malignant causes. N Engl J Med. 2007 ; 356(18) : 1862-9. [PMID : 17476012]

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