医学界新聞

連載

2015.06.15



クロストーク 日英地域医療

■第7回 地域における多職種との連携,ソーシャル・キャピタルの活用

川越正平(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:国際医療福祉大学大学院 堀田聰子


前回からつづく

日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。


 直近の2回(第31153122号)は,一次医療と二次・三次医療とのつながりという観点から,地域に存在する専門職種との連携を紹介してきました。今回はそれとは異なる形で行われる多職種協働について紹介させてください。

地域の専門家協働をワンストップで請け負うSPOC

 イングランドの多くの地域には,「Single point of Contact(SPOC)」と呼ばれる組織(一部地域では「Single point of Access」)が存在しています。診療所(GP)と,地域に点在する訪問看護師や訪問理学療法士,栄養士などの多職種の専門家(団体)とを,“つなぐ”ことに特化した組織です()。

 SPOCがつなぐサービスの例

 例えば,私の働く圏域(住民人口:約35万人)には約40か所の診療所があるわけですが,それら全ての診療所からの連携の要請を,このSPOCが電話で受け付けます。応じたSPOCオペレーターは,GPらの要望に沿って,当該の医療・ケアを提供してくれる専門家を選択し,電話を転送してくれる。直接つなげられない場合であっても伝言を受け,追って専門家に連絡するよう手配してくれるなど,柔軟に連携するための対応を行ってくれます。

川越 多職種への取り次ぎをワンストップで受ける点から,「Single point of Contact」というネーミングなわけですね。ちなみにNHSに位置付けられた組織ですか。

 はい。よって,私の地域に限らず他圏域にも存在しています。SPOCの拠点を見学したこともありますが,人員は5人程度で,病院の一角を間借りして運営しているような組織でしたね。

 SPOCの歴史はまだ浅く,私の地域での設立も2010年のことです。かつてGPは地域に点在する専門職のリソースを十分に把握しておらず,患者さんをつなぐことができていない状況にありました。しかし,このサービスが稼働し始めたことで,コミュニティにおける多職種協働が大きく進んだように見えます。もちろん,全ての地域で十分なレベルにあるとはまだ言えないと思いますが……。

川越 それでも,SPOCという組織の在り方には関心を持ちました。実は,日本では2015年以降,「在宅医療・介護連携推進事業」の取り組みを全国の市町村ごとに進めていくことになりました1)。日英間で医療制度,専門職能の仕組み・位置付けが異なるため単純な比較はできませんが,この事業を通して構築すべき機能の一部を,英国ではこのSPOCが担っているのではないかと思うのですね。そう考えると,SPOCから学ぶこともありそうです。

 なるほど。日本では地域に存在する専門職の情報を,これまではどのようにして得ていたのですか。

川越 SPOCが連携する専門職種を見ると,日本の市中病院規模の医療機関であれば所属しているであろう専門職種です。また,平均的な訪問看護師であれば,通常業務の中で提供している機能も多いようなので,日本では従来の仕組みであっても,地域のどこに連携を求めるべきかについては,ある程度,共有されていたのだと思います。

 ですが,例えばリハビリ専門職種や管理栄養士,歯科衛生士などの職種については,訪問看護ステーションなどのような形態の組織がないため,地域に存在していたとしても把握が難しく,スムーズな連携が困難な状況にありました。こうした実態を改善すべく,本事業が進むことになったというわけです。

 では日英で共通の課題にチャレンジしている段階と言えますね。

ソーシャル・キャピタルの活用で「社会的処方」を実践

 この他に,GPは「Age UK」2)という組織や「Health and Wellbeing Development Team」といった事業3)と協力して,社会的な支援を患者さんに提供することもあります。前者は英国最大のチャリティー団体で,後者はNHSの運営という違いはありますが,ともに利用者の性格・趣味・要望に合わせ,地域のレクリエーションを行うクラブや,住民団体を紹介してくれる機能を有しています。

川越 地域のソーシャル・キャピタルへつなぐ組織がある,と。以前,英国のGPは「医学的な問題“以外”の相談」にも対応されるという話を伺いましたが(第3094号),ここでも他職種との協働の形で実践がなされているわけですね。具体的には,どのように進められるのでしょうか。

 例えば,「社会的に孤立し,寂しさを訴える高齢患者」で,GPである私が第三者のサポートが必要だと判断した場合。まず,私からAge UKに「今,社会的に孤立して寂しさを訴える高齢者を診ている。彼の趣味は工作のようだ。彼に合ったサポートはないだろうか?」と電話で相談します。すると,Age UKはスタッフを派遣し,当該患者への聞き取り調査を行ってくれる。その上で,地域のアートクラブなど,患者さんに合う適切なサポートを行う組織へとつないでくれるんです。

川越 日本でそうした役割を担うことができているとしたら,地域包括支援センター職員や“気の利いた”ケアマネジャーだと思いますね。ただ,ここで注目したいと感じたのは,むしろGP側の視点です。

 薬剤処方や生活指導といった言わば「狭義の治療」だけでなく,患者さんとの対話を通し,社会的な支援を行う。そうすることで患者さんの健康増進や予防にもなると,英国のGPは明瞭に自覚しているのだとわかりました。

 こうした支援を「社会的処方」(Social prescribing)と呼び,全人的な対応を担うGPとして大切な役割であると位置付けています。実際に地域の散歩クラブや読書クラブなどのサポートを患者さんに提供したことで,これまで「全身に痛みがある」と繰り返し訴えてきた方から痛みの訴えがなくなった……なんてことも経験しています。その方にとって必要な“薬”は,薬剤ではなく,人とのつながりであったというわけです。

川越 単に「福祉領域との協働」という効果にとどまらない意義があるということですよね。例えば,「行動変容が求められる糖尿病患者」や「うつ状態にある患者」。こうしたケースも,薬剤処方・生活指導に加え,地域を基盤としたサポートを活用したほうが治療戦略上に優れ,効果も期待できるケースが少なくないだろうと思います。

 それはまさにGP的な発想です。

視点の違いは,構造の違いから生まれる?

川越 日本においてもそういった点に力を入れる医師はいますが,全ての医師がそうであるとは言えません。

 しかし,強調しておきたいのは,それは“日本の医師の視野が狭いから”ではなく,日本の医療提供体制や制度設計によって“帰結的”にこうなっているのだろうという点です。

 患者はフリーアクセスという「自由」や「権利」を有しているかのように見えます。しかし,この状況は患者自らが思い立たない限り,医療機関を受診することはなく,結果として医療機関・医療者は「待ち」の姿勢を取らされることになっているとも言い換えられる。症状が現れ,疾病というラベルが付いて初めて,医療者は本格的に住民と向き合い,深くかかわるようになるケースが多いというわけです。そう考えると,そこで働く医師らもまた,自分たちの役割はあくまでも「医療」であると認識していて,結果的に「福祉」や「ソーシャル・キャピタル」へのかかわりが薄くなるというのも無理からぬことなのでは,とも思ってしまいます。

 なるほど。とは言っても,超高齢化や社会の価値観の変化に伴い,現場の認識は変わってきていませんか?

川越 必要に迫られ,医療と介護とがオーバーラップするようになりつつありますね。しかし,福祉との協働というと,まだ乏しいのが現実でしょう。医師が専門的な医療を地域で提供することだけでなく,介護や福祉との連携,地域の多職種によるアプローチ方法の充実を,これまで以上に考えていく段階にあると思います。

 制度・枠組みの違い,結果として生まれる働き方の違いはありましたが,その違いを基に考えを進めてみると,多職種連携や医師に期待される役割にも新たなアイデアが得られそうですね。

つづく

参考URL
1)厚労省.介護保険の地域支援事業における在宅医療・介護連携推進事業の手引きについて.2015.
http://www.kana-kango.or.jp/wp/wp-content/uploads/2015/04/tuuti206.pdf
2)Age UK.
3)South West Yorkshire Partnership NHS Foundation Trust. Local Support and Social Groups to aid independence and healthy living Pontefract.
http://www.southwestyorkshire.nhs.uk/wp-content/uploads/2012/06/Network-10-Pontefract.pdf

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