毒を盛られた話(青柳有紀)
連載
2015.03.09
Dialog & Diagnosis
グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。
■第3話:毒を盛られた話
青柳 有紀(Clinical Assistant Professor of Medicine, Geisel School of Medicine at Dartmouth/Human Resources for Health Program in Rwanda)
(前回からつづく)
今回は私が現在活動しているルワンダからの症例です。
[症例]35歳男性兵士,主訴:力が入らない。特記すべき既往歴なし。所属する部隊で任務を問題なくこなしていたが,約1か月前から両下肢に刺すような知覚異常と脱力が出現し,症状は徐々に進行した。やがて歩行が困難となったため,軍病院に搬送された。患者は自身の症状について,「何者かに毒を盛られたことが原因であり,パトロール中,地面の水たまりを飛び越えようとしたときにそれをはっきり理解した」と主張している。過去に同様の症状はなく,外傷のエピソードもない。下肢に筋痛,関節痛,腫脹,熱感,発赤などはない。背部痛もない。排尿や排便の困難はない。発熱,悪寒,体重低下,盗汗,めまい,消化器症状などもない。飲酒歴はない。
受診時,体温37.2℃,血圧110/65 mmHg,心拍数71/分,呼吸数15/分,SpO2 99%(room air)。両下肢の筋および関節に視診および触診上の異常はない。両下肢の筋力は近位・遠位ともに正常であるが,触覚・温痛覚の軽度低下を認め,深部感覚(位置覚,振動覚)が顕著に低下している。また,深部腱反射もやや低下している。立位維持が困難でRomberg testの実施は不可。歩行時に支持を必要とし,両足を開いて高く持ち上げ,強く地面を踏みしめるように歩行する。その他の特記すべき身体所見の異常はない。 |
あなたの鑑別診断は?
皆さんはこの症例についてどう思うでしょうか? 進行する両下肢の知覚異常と脱力,「毒を盛られた」という患者さんの確信に満ちた奇妙な主張と,つじつまの合わない説明。胸の奥の暗い部分がざわつくような,どこか不気味な感じさえします。
まずは主訴から考えてみましょう。「力が入らない」あるいは「脱力」(weakness)は,しばしば臨床医が遭遇する症状ですが,それ自体では抽象的過ぎて鑑別診断が組み立てられません。訴える患者さんによっては,それは筋力の低下を意味していることもありますし,倦怠感や気分低下,時には労作時呼吸困難を示している場合もあります。したがって,効果的に鑑別診断を組み立てるにはもう少し踏み込んで,患者さんの言う「脱力」が具体的に何を意味しているかを正確に理解することが必要です。この患者さんが意味するところの「脱力」は,どうやら主に両下肢の機能,特に歩行が困難であることに関連しているようです。
「毒を盛られた」というのは,ずいぶんと物騒な話ですが,私の指導しているルワンダ人レジデントたちは口をそろえて「ここではよくあること」と言います。連載第1回(3108号)でも触れましたが,この国ではヒーラー(呪術師)のような人たちが存在し,謎の治療薬から,時には毒薬まで処方しているようなのです。とっぴなことと,その可能性を簡単に否定できるものでもなさそうです。
両下肢の筋力が正常でありながら,歩行が困難であるという症状は興味深いものです。患者さんが歩行障害を訴えている場合,適宜支持をしながら実際に歩行させてみましょう。歩行障害にはいくつか特徴的なパターンがあり,鑑別に役立つからです。例えば,小脳性運動失調の歩行障害では,「酩酊歩行」と呼ばれるよろめき歩きが認められますし,脳血管障害による片麻痺では外側に弧を描くように患側の足を回す痙性歩行が見られます。また,前屈姿勢と小刻み歩行はパーキンソン病に...
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